どうも、吉葉です。
ブログでかなり濃いやり取りをさせていただいたので紹介させていただきます。
「一番上の子にかかえている複雑な思い」(リンク)
noniさんのブログ 「宝物の磨き方」(リンク)
noniさんが長男に対する複雑な思いを記事にしています。
僕は長男(一番上の子)なのですが、
「ああ、母親はこういうことに悩みながら自分を育ててくれたんだなぁ」
としみじみ思っちゃいました。
コメントを書きながら、涙が出てきたんです。
noniさんの想いを通して、自分の中にあった親への違和感やわだかまりが解消されました。
子供にとって親は神に等しい存在ですが、
今の僕と同じくらいな年齢だったんですよね。
そう考えたら、今の年で子供を育てるだけでもすごいことだし、
それだけで尊敬できちゃいますよね。
初めての子育てで色々悩みも出てくるだろうことは容易に想像ができます。
その認識が、noniさんのブログを通して自分の理解になったんです。
インナーチャイルドは、「子供の頃の感情や記憶」と言われていますが、
科学的に考えても、この説明は正しいと言えます。
子供(6歳未満くらい)の脳は、記憶に関わる「海馬」が未発達です。
しかし、感情に関わる「へんとうたい」という部位は大人と同じくらい発達しています。
つまり、子供は感情を世界の基準として生きているのです。
自分がイヤなものはイヤ、好きなものは好き。
『子供の自分が創り上げた感情の思考パターン』
とも言えますね。
これが、大人になっても感情に関して言えば「テンプレート」になります。
このような自分の好き嫌いを価値基準にして生きていくというのは、
まさしく自然に生きる生物の姿です。
多くの宗教家は悟りは自我を捨て、「空」の思想に入ることが大事だと言っています。
自然に還ることが生物としてあるべき姿だと言っています。
が、僕は人間は『理性があること』に価値があると思っています。
要するに、
『自我がなければ人間じゃない』
ということですね。
自我も踏まえた中で『自分の人生の生き方をする』
これが大事だと信じています。
僕らは、別の側面から言えば
『自我があるから、自分の生き方を選択できる』
とも言えます。
宮沢賢治の童話作品「グスコーブドリの伝記」では、
主人公であるブドリは、村の飢饉を救うために自らの命を投げ出します。
ブドリが選んだ行動は
『自我によって選択した行動』
だと僕は感じます。
こう言うと『自己犠牲は素晴らしいこと』だと勘違いされるかも知れませんが、
そうではありません。
その結果を『自らの意志で選択したこと』に意味があると思います。
僕があなたに問いかけたいのは、
『今の自分は、本当に自分が選択したい自分の在り方ですか?』
ということです。
それに迷いなく「YES!」と即答できる人生を歩みたくないですか?
歩みたいのなら、1つずつ行動を起こしていきましょう。
僕は、そのお手伝いをしていきますので。
それでは。
ブログでかなり濃いやり取りをさせていただいたので紹介させていただきます。
「一番上の子にかかえている複雑な思い」(リンク)
noniさんのブログ 「宝物の磨き方」(リンク)
noniさんが長男に対する複雑な思いを記事にしています。
僕は長男(一番上の子)なのですが、
「ああ、母親はこういうことに悩みながら自分を育ててくれたんだなぁ」
としみじみ思っちゃいました。
コメントを書きながら、涙が出てきたんです。
noniさんの想いを通して、自分の中にあった親への違和感やわだかまりが解消されました。
子供にとって親は神に等しい存在ですが、
今の僕と同じくらいな年齢だったんですよね。
そう考えたら、今の年で子供を育てるだけでもすごいことだし、
それだけで尊敬できちゃいますよね。
初めての子育てで色々悩みも出てくるだろうことは容易に想像ができます。
その認識が、noniさんのブログを通して自分の理解になったんです。
インナーチャイルドは、「子供の頃の感情や記憶」と言われていますが、
科学的に考えても、この説明は正しいと言えます。
子供(6歳未満くらい)の脳は、記憶に関わる「海馬」が未発達です。
しかし、感情に関わる「へんとうたい」という部位は大人と同じくらい発達しています。
つまり、子供は感情を世界の基準として生きているのです。
自分がイヤなものはイヤ、好きなものは好き。
『子供の自分が創り上げた感情の思考パターン』
とも言えますね。
これが、大人になっても感情に関して言えば「テンプレート」になります。
このような自分の好き嫌いを価値基準にして生きていくというのは、
まさしく自然に生きる生物の姿です。
多くの宗教家は悟りは自我を捨て、「空」の思想に入ることが大事だと言っています。
自然に還ることが生物としてあるべき姿だと言っています。
が、僕は人間は『理性があること』に価値があると思っています。
要するに、
『自我がなければ人間じゃない』
ということですね。
自我も踏まえた中で『自分の人生の生き方をする』
これが大事だと信じています。
僕らは、別の側面から言えば
『自我があるから、自分の生き方を選択できる』
とも言えます。
宮沢賢治の童話作品「グスコーブドリの伝記」では、
主人公であるブドリは、村の飢饉を救うために自らの命を投げ出します。
ブドリが選んだ行動は
『自我によって選択した行動』
だと僕は感じます。
こう言うと『自己犠牲は素晴らしいこと』だと勘違いされるかも知れませんが、
そうではありません。
その結果を『自らの意志で選択したこと』に意味があると思います。
僕があなたに問いかけたいのは、
『今の自分は、本当に自分が選択したい自分の在り方ですか?』
ということです。
それに迷いなく「YES!」と即答できる人生を歩みたくないですか?
歩みたいのなら、1つずつ行動を起こしていきましょう。
僕は、そのお手伝いをしていきますので。
それでは。