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医者はいつでも切りたがる


 「兄は昨年84歳で亡くなりました。胃がんでした。2年前に胃の調子が悪いからといって検査をしたらかなり進行しているとのことで、医者からは全摘しましょうと勧められました。このまま放置しておけば、症状が悪化し、腹水がたまり、死を待つしかないと。


 年齢が年齢だし、体力的なことが心配だったのですが、医者は『今は90代の患者さんだって全摘しますよ』と言う。その言葉を信じて、手術に踏み切ることにしたんです」


 こう語るのは都内在住の柏倉幹雄氏(75歳・仮名)。医師の勧めに従って、兄を手術させたことを今では後悔しているという。


 「開腹してみると、他の部位にもがんが広がっていることがわかった。医者には『あとは抗がん剤で抑えるしかない。これは開けてみないとわからないことですから、仕方ないですね』と言われた。


 手術後の兄は、生気を奪われるように衰弱し、4ヵ月で亡くなりました。今でも入院前日に一緒にステーキを食べたことを思い出します。兄が最後に食べておきたいと言ったのです。


 年齢のことを考えれば、兄の死のあきらめはつく。でも、切らないで好きなものを食べて死ぬという選択肢もあったんじゃないか。安易に医者の言葉に従った自分を責める気持ちは消えません」





 がんの治療法は多様化している。開腹手術の他に、抗がん剤、放射線治療など最適な治療法はどれかを探るチーム医療も浸透してきた。


 だがそれでも、すべての医者が「患者の人生にとって、どの治療法がベストなのか」を知っているわけではない。患者が全力でがんを退治したいのか、限られた余命を静かに暮らしたいのか、最終的に判断するのは患者とその家族だ。


 「がんの治療でいちばん大切なのは、なんのために治療するのかという目的です。もちろん、がんを無かったことにする完治や治癒と呼ばれる状況が一番望ましいわけですが、常に治癒を目指すのがいいとは限りません。治癒が望めない状況もあるからです。


 治癒が不可能であるのに、無理に治癒を目指そうとすると、とんでもないことになってしまうこともあるのです」


 こう語るのは外科医でがんに関する著作も多い平岩正樹氏。状況に応じて治癒を目指すべきかどうか、手術をするべきかどうかを判断するのが最も大切だという。


 「古い例になりますが、アナウンサーの逸見政孝さんが進行胃がんにかかり、臓器をほとんど取ってしまい、退院できずに亡くなりました。あのように治癒する可能性が極めて少ないのに手術をすると、結果的に患者さんの寿命を縮めてしまう場合も多いのです」


 胃や大腸のがんは、初期に見つかった場合、開腹手術で切除することが多い。それが唯一の「がんと戦う方法」だと考えられていた時代もあった。


 「とりわけ'07年にがん対策基本法ができるまで、日本では外科手術偏重で、抗がん剤治療は存在しないといってもいい状況でした」(平岩氏)


 ■手術ががんを悪化させる


 最近では、次第に抗がん剤や放射線治療、免疫療法など手術に代わる治療法も一般的になってきた。それでも「手術でがんを切り取ってしまうのがいちばん安心」と考えている医師や患者はいまだに多い。


 だが現実には、初期のがんであっても手術に失敗することがある。平山久美さん(47歳・仮名)の父、雄三さん(享年70歳・仮名)は昨年、食道がんの手術がきっかけで亡くなった。


 「医者には『私がこれまで見つけた中でも一番小さいがんです。ラッキーですね』と言われ、手術をしたのですが、術後に肺炎を発症しました。右肺に痰がたまっており、気管切開による呼吸管理を勧められました。


 しかし、その処置をしているときにメスを持った若い医師が頸動脈を傷つけるミスを犯した。まさか、あれほど自信満々だった医師の手術が失敗するとは思いませんでした。安易に手術を選択したことを悔やんでいます