このホームに来るまで、中村医師は「最期まで痛みが出ないがん患者」がいることなど、全く念頭になかったという。山川さんのケースは偶然でなかった。
こんなケースもあった。
食欲が落ち、やせてきて、胃腸の具合が思わしくないということで入院した
海老原卓二さん(70)は検査の結果、進行性の胃がんで余命三ヵ月と診断された。がん性の腹膜炎を起こしていたが、がんに対して積極的治療の意思がなかった海老原さんは二週間で退院してホームに戻ってきた。
痛みは全く訴えなかったが、がん性腹膜炎で腹水が増え、
蛙腹がだんだんひどくなっていく。しんどがるようなら、腹水を抜かなくてはと中村医師が思っているうちに傾眠状態となり、口から一滴の水も摂ることができなくなる。その後、海老原さんは何の治療もしなかったが、最後まで痛みを訴えることなく、安らかに息を引き取ったという。驚いたことに、亡くなった時には、あの出っ張った蛙腹がぺしゃんことなり、完全に腹水が消えていたという。
「人間、生きるためには水分が必要です。口から水分を摂れなくなった海老原さんは、身体にある水分を全部使い果たして亡くなったのです。人間の自然の身体の仕組みはこんなにすごいものなのかと、感嘆しました」
中村医師が「同和園」に来て以降、最期まで痛みが出ないがん患者が十人くらい続いたという。これはもはや偶然ではない。中村医師はそう思うようになっていった。十人に共通していたことは、がんが手遅れで発見され、その後、抗がん剤や放射線などの治療をせずに、いわば、がんを「完全放置」していたことだった。これは中村医師が勧めたことではなく、本人や家族が望んだからだという。
彼らを診ていくうちに、中村医師はこのような考えに行き着く。「末期のがん患者はのたうちまわるほど苦しむと思っていたのに、十人の患者の誰一人、がんの痛みで苦しむ人がいなかった。がんが発見されるまでも痛みが出ず、その後、亡くなるまで全く苦しんでいない。がんという病気は、『完全放置』していれば、全然苦しむことはないのかもしれない」
この考えが、どれだけ正しいのか。平成十五年から平成二十二年までの間に「同和園」でがんで亡くなった人の数は五十二名。年齢とがんの種類は様々だが、驚いたことに麻薬を使うほどに痛んだケースは1例もなかったというのだ。五十二名中、ホームで最期まで看取った人は二十七名。それ以外の二十五名は病院で最期を迎えたが、彼らも痛みを訴えたから、入院したわけではない。胃や腸から大量の出血をしたり、肺炎になったり黄疸がでたりしたために、「最期は病院で」という家族の要望があったからだという。
もちろん痛みを訴えた人が、まったくいなかったというわけではない。九十九歳の女性は首に大きなしこりができたので、病院で検査したところ、どこかから転移したがんであると診断される。詳しく知るためには精密検査が必要だったが、高齢であることから、家族は治療も精密検査も望まず、ホームに戻ってきた。
