そこでの体験を一通り終えるとその結果自分がこの世に戻る、あるいは
 更に上のステージへ昇るかの決断を自分でします。
 自分に見合ったステージでしか存在できません。
 先に亡くなられた方には一時的ですが自由に会う事ができます。
 その時に相手の姿ではなく、ただ存在としてしか認識できないのですが
 それが誰であるかはっきり認識できます。
 ”思い”は人によってそれぞれ全く別ですから全く同じ世界を共有する事は ありませんが、テレパシーはあたかも他人の体験したことを自分が体験 
したかのように感じ取れます。
 その時にどう感じたかまでをそのまま伝えてしまいます。
 でもそれは一時的にであってその後の思いまでを共有するのではありま せん。
もし、この世に戻って残された課題をクリアする必要があると感じれば
この世のどこの国、どの家庭、そこでどのような体験をするかおよその
プログラムを自分で決めます。
 
死後はすべての苦悩から解放されます。
私は死とは悲嘆にくれるものではなく祝福すべきものと考えています。
死を悲しいと捉えるのは残された人だけです。
アルファさんの体験記より抜粋
 
 
これを間違って解釈されては困ってしまいます。
死は恐れず自然なものですから、しかし生きる事ほど美しいものはありません。
生きることは自分自身モナド(魂)を成長させてくれることですから。
そして自分が得たものを、他者にも愛を波及することです。
死の世界は神の世界ではありません、自分自身のモナド(魂)
のステージなのです。
私はこう解釈しています。・・・みかん