
写真はダニオン・ブリンクリーさん
ただのおっさんなのに・・・
西洋医学は、東洋の哲学や死についての自然な考えを受け入れないことで誤りを犯した。そして臨死経験者の知識を受け入れないことでさらに誤りを犯した。アメリカだけで千三百万人の経験者がいるんだ。この人間みんなが
みんな頭がおかしかったり幻を見てるわけがない。
これは数字として、近代医学がその人々の経験を事実として受け入れ、
人々が自然に死ぬのを許されるべきだという考えを受け入れるのに
十分な基礎のはずだ。
死の瞬間というのは家族とともに過ごされるべきだ。それは「お別れ」の時であり、過去と悲しみとトラウマ(心の傷)からの回復の時間だ。家族間での解決されていない問題や出来事を振り返り、それについて話し合う時間だ。
患者がもう1日余分に生きるかもしれないという望みに、近代医学は患者を呼吸機につけ、薬浸けにする。そんな状態の中で心臓はかろうじて動いているが、患者は死人同然だ。そしてその過程で人々は親しい人と
別れを言う機会を失う。
親しい人がこの世を去り、向こう側に還っていく。それは静かなお祝いの時でなければいけない。それは深いよろこびの時間であるべきなんだ。そして一緒に過ごした人生の中で、お互いに腹の立ったこと、
悲しかったこと、楽しかったことを一緒に語り合う時間なんだ。
それをせずに家族を残して去った場合、本人はその精神的重荷をそれから長い長い間、背負うことになる。それは本当は起こってはならないことだ。」
『Unlimited Human』誌のインタビューの中でダニオンは、延命措置というのは患者にとって本当になにがよいのかということよりも、
単なる死にたいする恐怖に基づくものだと指摘している。
これはすべての人間が無意識のうちに抱いている漠然とした恐怖である。
そしてアメリカの医療システムでは、医療費全体の70パーセントが延命措置、すなわち助からない患者の生命を19日延ばすだけのために使用される。そのために患者は不要な苦しみを耐えさせられ、
残った家族は膨大な医療費の負担にあえぐことになる。
このために彼は、「Living Will(自分が治らない病気にかかった場合には、
判断能力のあるなしに関わらず延命措置を施さないで欲しいという
意思表明書の強い支持者でもある。
ダニオン・ブリンクリー著 『未来からの生還より
