
心眼で見る世界は肉体の視覚では絶対に見ることが不可能である筈の
視点からの眺望です。
私の場合は自分の体は確認していません、と言うより起こっているこ
とに集中していますので体がどうなっているかまで気を使っていな
かったのですが、記憶している限りでは体を認識していません。
記憶している限り、と書きましたが幽体離脱中の記憶は夢などとは明確
にちがい、すべてをかなり精妙に記憶しています。
その時はただ、視点のみが存在しているだけでした。
この視点は目を使った視点とは少し違います。
視点の先を透視しようとすれば簡単に目の前の物体が透明化したり、
”思い”に従って思った場所が瞬間的に眼前に出現します。
まさに思った瞬間にその場が目の前に現れるのですが、その現れ方が
実にスムーズであるため、いきなり場面が変わるのでなく、その前に
その場面を思うことが先行するためではないかと思われます。
夢との決定的な違いは細部にわたって明確に記憶しています。
この視点にはいくつかのステージがあり、現実社会を見る場合もあ
り、その場合はあとでその場を検証して自分の見た事が現実に即した
ものであるかを確かめることも可能です。
視点からの眺望です。
私の場合は自分の体は確認していません、と言うより起こっているこ
とに集中していますので体がどうなっているかまで気を使っていな
かったのですが、記憶している限りでは体を認識していません。
記憶している限り、と書きましたが幽体離脱中の記憶は夢などとは明確
にちがい、すべてをかなり精妙に記憶しています。
その時はただ、視点のみが存在しているだけでした。
この視点は目を使った視点とは少し違います。
視点の先を透視しようとすれば簡単に目の前の物体が透明化したり、
”思い”に従って思った場所が瞬間的に眼前に出現します。
まさに思った瞬間にその場が目の前に現れるのですが、その現れ方が
実にスムーズであるため、いきなり場面が変わるのでなく、その前に
その場面を思うことが先行するためではないかと思われます。
夢との決定的な違いは細部にわたって明確に記憶しています。
この視点にはいくつかのステージがあり、現実社会を見る場合もあ
り、その場合はあとでその場を検証して自分の見た事が現実に即した
ものであるかを確かめることも可能です。
alfar901さんより転載しました。
