
現代の社会は異様である。
しかし問題は、その治療行為による治癒の成功率があまりにも低いことと、
しかし問題は、その治療行為による治癒の成功率があまりにも低いことと、
良くなったとされるものが実際には見かけだけであり、
結局は薬に依存させられて、永久的に薬を飲み続けるだけの
患者を作り出すマーケティングなのである。「良くなる」という定義も
重要である。つまり、精神薬を飲み続けてその状態を保っている状態を
「良くなる」とは言わないのであり、それは改善ではなく、「依存」というのだ。
今の精神医学の価値感では、精神を完全にコントロールできない人間は
すべて精神病ということになってしまう。それができるように切磋琢磨することが私たちの人生であり、出来なくて当たり前のことを精神病と分類する
価値感がそもそもおかしいのである。その精神医学の価値感は、
「完璧」を求めて周囲に合わせて「普通」を装う価値感を人々
に押し付けるものであり、そのように洗脳された一般の人々はそういった
「完璧」を求めて薬を飲み、
薬によって自分の性格を変えようとまでするのである。
わたしたち人間は不完全であるのが当たり前であり、それがあたかも
特別なことや落ちこぼれであるかのように思わせ、
それを薬で何とかしようと考える思考がいかに異様なことであるかが
理解できるだろうか。これは一般的な詐欺と同じであり、
人間の金銭的欲望を利用するので詐欺が成り立つように、
人が他人からどう思われるかという恐怖心を逆利用した巧みな詐欺の手口なのである。もし精神医学の言う価値感を生きるとしたら、私たちは本来の
自然な感情というものが持つ表現を消して生きるしかないのだ。
本来私たち人間はさまざまな気質や個性を重視し、互いに受け入れあって時代を築いてきたものだが、そうした時代はすでに過去のものとなり、その結果、少しでも社会にそぐわないものや異質なものはすべて病気として分類されるようになった。それがいかにおかしなことかは今さら説明の必要はないだろう。人間は本来感情豊かな生きものであり、ちょっとしたことに怒り、泣き、笑い、悲しむし、ちょっとしたことに不安になり、つまらないことにこだわったりするものなのだ。限界のある人間の感覚には時に変なものが見えたり、
聞こえたりするのは自然なことなのだ。それが人間として普通で当たり前で
あることを、人々は忘れてしまったように見える。
