最近つくづく思うのは、労働基準法をはじめとした労働者の権利が、昔に比べてとても手厚く守られるようになったということです。残業時間にはきちんと上限が設けられ、有給休暇も「権利として」堂々と取れるようになり、パワハラやセクハラといったものも社会全体で許されない空気になってきました。
昭和の頃には、今思えば本当におかしな慣習がたくさんありました。
終電を逃すまでの残業が「頑張っている証」だったり、上司に飲みに誘われたら断れなかったり、怒鳴られて一人前扱いされたり…。今では考えられないようなことが、当たり前のように存在していたんです。
そういう“悪しき習慣”がなくなったのは、間違いなく良いことです。
誰もが安心して働ける環境になったのは、社会の大きな進歩です。
ただ、一方で見逃してはいけないのは、そうした厳しさや理不尽さの中で、ある意味で鍛えられてきた部分もあったということです。
昔の社会人は、上からの理不尽な要求や無茶ぶりに応える中で、度胸や忍耐力、そして場の空気を読む力を身に付けました。
やり方は正しくなかったかもしれませんが、それによって「社会で生き抜く知恵」が自然と身についていったのです。
では今の若い世代はどうでしょう。会社も上司も、以前ほど無理を言わなくなりました。
働きやすさは確かに向上しましたが、その代わりに“自然と成長させられる場面”が減っているとも言えます。
仕事に必要な常識やマナー、知識の広げ方、学び続ける姿勢は、自分から意識的に身につけない限り、なかなか育ちません。
これからの時代を生きる社会人に求められるのは、「自ら学びに行く姿勢」です。
ニュースをただ流し読みするのではなく、自分なりに考えてみる。分からないことがあれば、自分で調べたり、詳しい人に聞いたりする。興味のある分野の本を読んでみる。そうやって主体的に知識や経験を積み重ねていく人が、どんどん力をつけていきます。
逆に、「会社に入れば教えてもらえるだろう」と受け身のままでいると、いつの間にか周囲に大きな差をつけられてしまうかもしれません。
働きやすい時代だからこそ、自分の未来をどう切り開くかは、自分自身の姿勢次第なのです。
昭和の時代にあったような理不尽な経験をわざわざしなくてもいいのは本当にありがたいこと。
でもその分、学び方や成長の機会は自分からつかみにいかなくてはいけない。これからの社会人にとっての課題は、まさにそこにあるのだと思います。
安心して働ける環境が整ったからこそ、今の若い世代には、もっと自由に、もっと積極的に、自分自身を磨いていってほしい。そうすれば、厳しさの中でしか育たなかった力を、もっと健全な形で育てていけるはずです。