関係のなさそうな事柄が関係を持つことがある。

息子のパニックは小学校が終わるころに表出するようになった。
うまくコミュニケーションが取れない息子は、小さいころから、大きな声を上げて抵抗することはあった。
その都度、支援者からは「パニックになった」という報告を受けたが、私はあれがパニックだとは思っていない。
言葉を持たない者による拒絶の表現だと思う。

無理にさせなければ落ち着くし、上手くできれば満足して、次からは恐怖が軽減する。

一方で、私がこれがパニックだなと思ったのは、突然に理由なく始まる発作のようなものだ。

時には夜中に、ブツブツと不穏な独り言から始まり、飛び起きると叫び声とともに壁を蹴りまくり、頭を打ち付けたりして、もがき苦しんでいる。その時は顔が真っ青になり、視点は合わない。

頭の中に化け物か何かがいて、そこから逃げようとしているように見える。

 

「思い出しむかつき」の酷いものではないかとママとは話している。
フラッシュバックという表現がより正しいかもしれない。

50年も人生を歩んでいると、思い出すたびに大声を出したくなるような失敗の一つや二つは持っている。
何かのきっかけでふっと思い出されても、普通は舌打ちでもして、また記憶の底に追いやっておけるもの。

しかし、自閉症とは、同じことを頭の中でぐるぐる回す性分なので、ぐるぐる回るうちに増幅されてしまうのではないか。
その種となる経験をさせてしまったのは親として反省すべきところ。

思い当たらないこともない。

とにかく、家も壊れるし、迷惑もかかるので、リスパダールという精神病薬を処方していただき、

その種となっている記憶がほかの楽しい記憶よりずっとずっと小さくなるまで付き合うしかないという結論に達した。

大声で暴れるのは、放っておけばそのうち収まるのだが、近所への迷惑は気になる。
だから、パニック中の息子を車に乗せて、走り回ることになる。
こういうことは、おそらく、自閉症の親はみな経験しているのではないだろうか。

シート越しに蹴りをくらいながら、夜中のドライブ。

防音性能は素晴らしいし、聞こえたとしても、時速60kmで逃げ切れる。

1時間も走れば、息子はすっかり落ち着いて家に帰ることができた。

車を発明した人は、車が自閉症のパニックにこれほど頼りになるという想定は、さすがにしていなかっただろう。

最初は当てもなく走っていたのだが、そんなことを繰り返しているうちに、走行距離は僅か3年で10万キロを超えてしまった。ドライブにも飽きてきた頃、ある考えが浮かんだ。

この時間を趣味の釣りの時間に当てることはできないだろうか。

私はもともと釣りが好きだったが、家族のいる家を空けて一人で釣りに行くのは少し後ろめたさがあった。

一方で夜な夜な息子のパニックに付き合っている人生も情けないものだ。


斯くして、息子のパニックを口実に、夜な夜な海や河川へ出かける生活が始まった。

どこまでできるかは息子次第なのだが、ポイントのベイトの様子を見るだけでも重要な意味を持つというのは、アングラーの方だったらご理解いただけるだろう。
やがて、ルアーを数投できるようになり、10分、30分と釣りができる時間が延びた。
ルアーを発明した人は、この手軽さが、パニックの自閉症が横にいても釣りがしたい父親にとってこれほど頼りになるという想定はしていないはずだ。

先日は、いつもの漁港でメタルジグに巨大なダツがヒットしたタイミングで息子が車から出てきたので、
リールを巻かせてみたら、少し喜んでいた。
もしかしたら、一緒に釣りができる日がくるのかもしれない。