鷹コネタ ファウルボール①
5月15日付西日本新聞夕刊
福岡ダイエーホークス時代の話である。中内正オーナー代行(当時)と記者たちが試合前の球場のベンチに座って雑談をしていた。「何か面白いアイデアはない?」という中内氏の口癖に、記者たちが提案したのが『ファウルボールのプレゼント』だった。
当時は両リーグとも客席に飛び込んだファウルボールは係員によって回収され、球場によってはキーホルダーのようなグッズがもらえた。しかし、ファンにとってはプロ選手が触ったボールこそ宝物である。ファン重視の米メジャーでは、1921年からプレゼントしていた。
なぜ日本では回収していたのか。それは丁寧に手作りされて単価が高い公式ボールを何度も使い回すためである。そのために客席には回収係員が待機、ファウルボールが飛び込むたびに走り回っていた。
福岡ダイエーホークス時代の話である。中内正オーナー代行(当時)と記者たちが試合前の球場のベンチに座って雑談をしていた。「何か面白いアイデアはない?」という中内氏の口癖に、記者たちが提案したのが『ファウルボールのプレゼント』だった。
当時は両リーグとも客席に飛び込んだファウルボールは係員によって回収され、球場によってはキーホルダーのようなグッズがもらえた。しかし、ファンにとってはプロ選手が触ったボールこそ宝物である。ファン重視の米メジャーでは、1921年からプレゼントしていた。
なぜ日本では回収していたのか。それは丁寧に手作りされて単価が高い公式ボールを何度も使い回すためである。そのために客席には回収係員が待機、ファウルボールが飛び込むたびに走り回っていた。