育成ドラ3位 伊藤大智郎②
「今でも指先の感覚を覚えている」。その試合で印象に残る1球がある。3回2死二塁で、相手の4番を空振り三振に仕留めた140㌔の直球だ。「左相手に外角いっぱい低めについた最高のボール。ダルビッシュさんのおかげです」。直球の最速は143㌔までアップ。しかもカット気味に打者の手元で微妙に変化する武器へと変身した。
「見たこと伝えたことに対する吸収力がすごい」。岐阜・美濃加茂高時代にエースとして1990年の甲子園に出場した矢幡監督は伊藤のセンスに驚く。性格は自他ともに認めるマイペース。中学時代は無名で、高校入学後。「友人に誘われたから。本当は帰宅部で楽をしようと考えていた」という気楽さで野球部に入った。
何げなく続けた野球。しかしダルビッシュの指南と自らの努力で、思いもしなったプロへの扉を開いた。3桁の背番号からスタートするが「いち早く一軍へ上がりたい」。近い将来、ヤフードームで暴れている姿を頭の中に描いている。

「見たこと伝えたことに対する吸収力がすごい」。岐阜・美濃加茂高時代にエースとして1990年の甲子園に出場した矢幡監督は伊藤のセンスに驚く。性格は自他ともに認めるマイペース。中学時代は無名で、高校入学後。「友人に誘われたから。本当は帰宅部で楽をしようと考えていた」という気楽さで野球部に入った。
何げなく続けた野球。しかしダルビッシュの指南と自らの努力で、思いもしなったプロへの扉を開いた。3桁の背番号からスタートするが「いち早く一軍へ上がりたい」。近い将来、ヤフードームで暴れている姿を頭の中に描いている。
