神奈川県の北西部に、相模原市緑区という所があります。
といってもその地名になったのは、ほんの10年前で、2006年までは城山町、津久井町、相模湖町、藤野町の4町で構成される「津久井郡」と呼ばれる所でした。
ルアーフィッシングが好きな方なら、津久井湖や相模湖といった地名をご存知でしょう。
そうです。日本のバスフィッシングの歴史を語るうえでは外すことのできない古豪リザーバー(人造湖=ダム湖)ですね。
また、山登りの好きな方であれば、丹沢や高尾山といった山は当然ご存知でしょう。
津久井郡は、東京都心からクルマで1時間ほどしか離れていないのに、そういった名山に囲まれ、桂川(相模湖)や道志川(津久井湖)をも内包する、とても自然豊かな土地なのでした(だからといって、現在の相模原市「緑区」という命名はあまりにも安直かと個人的には思いますが)。

前高尾に位置する中沢山から見た相模原市緑区三ケ木(旧津久井町三ケ木)。ぼくの実家はこの平地の中央あたりにあります。手前の湖は津久井湖。画面奥の山並みは丹沢。右奥には富士山も。(2011年1月撮影)
で、このような環境で育ったゆえの必然か、自分は10歳からルアーフィッシングを始め、18歳でフライフィッシングにも手を出し、現在51歳となったいまもこれらの釣りを大切な趣味として続けています。
山登りも40を過ぎた頃に突如始め、雑誌編集の仕事に運良くリンクできたことから、東北の山から日本アルプスの名峰までハイペースでたずねることができました。
なんか山に呼ばれたような気がしたんです。
たぶん、中高年になると、ある一定の割合でそういう感覚に陥るひとが出てくるのだと思います。
で、自分の山登りのひとつのテーマに「実家から見える山に登る」というものがありまして。
このほどその主要な山々を登りきることができましたので、備忘録を兼ねて、ここに記録を残しておこうと思います。

実家から北の方向を見ると、中沢山(494m)が見えます。この山域は前高尾と呼ばれる通り、この北側にあの高尾山があるわけです。(2016年1月撮影)

これは中沢山のアップ。ガキの頃、このあたりでよくクワガタやカブトムシを取ったなぁ。(2011年1月撮影)

南側を見れば、石老山(694m)。昨年の11月末、皇太子さまも登っていましたね。この山が実家からはいちばん大きく見えます。(2016年1月撮影)

石老山の頂上から見た富士山。(2011年2月撮影)

石老山登山道から見た津久井方面。あまりよいヴューポイントが見つけられず。(2011年2月撮影)

画面中央、左の仙洞寺山と右の石老山に挟まれるように小さく見えるのが丹沢山塊。神奈川県最高峰の蛭ケ岳(1673m)も見えます。(2016年1月撮影)

撮影ポイントの記憶があいまいですが、蛭ケ岳周辺から見た津久井の町並み。赤白の鉄塔の連なりが見えるあたりがそう。家から見えるということは、山から家も見えるということですよね。(2012年11月撮影)

丹沢山(1567m)から朝日に輝く富士山。ここはお隣の清川村なのですね。(2012年11月撮影)
中沢山、石老山(小学校の遠足でも登ったことあり)、丹沢山塊と登り、最後に残っていたのが、仙洞寺山(せんとうじさん=せんとうじやま)。なんと距離的にはもっとも家から近い山なのでした。

道志川から仙洞寺山(583m)を望む。自分的にはこれが「山と釣り」の原風景。(2012年8月撮影)
なぜ、仙洞寺山が最後になったかというと、いつでも登れるからと思っていたからかな。あと、地形図を見る限りでは頂上への道がついてなく、藪漕ぎかぁと気乗りしなかったのも事実。イノシシやサル出現情報も頻繁にあったし。
しかし、いつまでも先延ばしにしていても埒が明かないので、とうとうチャレンジしましたよ。

仙洞寺山中腹から津久井三ケ木方向を望む。道志川から中沢山までもよく見えますね。(2016年3月撮影)
地形図を見ながらズンズン登り林道がループになった所で、さてどうするかと思っていたら、なんと頂上へ続く登山道を発見! やはり好き者はいるのですねぇ。ありがたくその道を使わせてもらって30分くらい行くと、とうとう仙洞寺山の山頂に到着! 展望はゼロだったけど、最高の気分。

はい辿り着きましたよ。これで実家の窓から見える山はほぼ登りきりました。(2016年3月撮影)
「百名山巡り」の方がその全山を制覇したあと、もぬけの殻になって山登りへのモチベーションを失うって話を聞いたことがありますが、ぼくの故郷の山巡りは、今後、西のほうにかすかに見える御坂山地へと足を伸ばそうかと思っています。
もし、それも終わったら……、いや、終わらないでしょ。
目に見える山は御坂山地だけでも相当ありますし、いま住んでいる千葉県の海っぺりの山にも興味が出てきたし、イワナ釣りと絡めた山行計画も生きている間にとてもこなしきれないほどストックしてあるし、それらを並行して実行している間は、故郷の山巡りも延々と続くんでしょうね。
いやはや、釣りだけでも忙しいのに、山歩きも始めちゃって。
「人生は遊ぶためにある」ってよく、編集を教えてくれたボスが言ってたけど、50を過ぎるとなんだかほんとうにそんな気分になっていきますわ。
では、「与瀬」の地形図でも見ながら、次の山行計画を立てるとしますよ。
最後まで読んでいただき感謝。SEE YOU!
といってもその地名になったのは、ほんの10年前で、2006年までは城山町、津久井町、相模湖町、藤野町の4町で構成される「津久井郡」と呼ばれる所でした。
ルアーフィッシングが好きな方なら、津久井湖や相模湖といった地名をご存知でしょう。
そうです。日本のバスフィッシングの歴史を語るうえでは外すことのできない古豪リザーバー(人造湖=ダム湖)ですね。
また、山登りの好きな方であれば、丹沢や高尾山といった山は当然ご存知でしょう。
津久井郡は、東京都心からクルマで1時間ほどしか離れていないのに、そういった名山に囲まれ、桂川(相模湖)や道志川(津久井湖)をも内包する、とても自然豊かな土地なのでした(だからといって、現在の相模原市「緑区」という命名はあまりにも安直かと個人的には思いますが)。

前高尾に位置する中沢山から見た相模原市緑区三ケ木(旧津久井町三ケ木)。ぼくの実家はこの平地の中央あたりにあります。手前の湖は津久井湖。画面奥の山並みは丹沢。右奥には富士山も。(2011年1月撮影)
で、このような環境で育ったゆえの必然か、自分は10歳からルアーフィッシングを始め、18歳でフライフィッシングにも手を出し、現在51歳となったいまもこれらの釣りを大切な趣味として続けています。
山登りも40を過ぎた頃に突如始め、雑誌編集の仕事に運良くリンクできたことから、東北の山から日本アルプスの名峰までハイペースでたずねることができました。
なんか山に呼ばれたような気がしたんです。
たぶん、中高年になると、ある一定の割合でそういう感覚に陥るひとが出てくるのだと思います。
で、自分の山登りのひとつのテーマに「実家から見える山に登る」というものがありまして。
このほどその主要な山々を登りきることができましたので、備忘録を兼ねて、ここに記録を残しておこうと思います。

実家から北の方向を見ると、中沢山(494m)が見えます。この山域は前高尾と呼ばれる通り、この北側にあの高尾山があるわけです。(2016年1月撮影)

これは中沢山のアップ。ガキの頃、このあたりでよくクワガタやカブトムシを取ったなぁ。(2011年1月撮影)

南側を見れば、石老山(694m)。昨年の11月末、皇太子さまも登っていましたね。この山が実家からはいちばん大きく見えます。(2016年1月撮影)

石老山の頂上から見た富士山。(2011年2月撮影)

石老山登山道から見た津久井方面。あまりよいヴューポイントが見つけられず。(2011年2月撮影)

画面中央、左の仙洞寺山と右の石老山に挟まれるように小さく見えるのが丹沢山塊。神奈川県最高峰の蛭ケ岳(1673m)も見えます。(2016年1月撮影)

撮影ポイントの記憶があいまいですが、蛭ケ岳周辺から見た津久井の町並み。赤白の鉄塔の連なりが見えるあたりがそう。家から見えるということは、山から家も見えるということですよね。(2012年11月撮影)

丹沢山(1567m)から朝日に輝く富士山。ここはお隣の清川村なのですね。(2012年11月撮影)
中沢山、石老山(小学校の遠足でも登ったことあり)、丹沢山塊と登り、最後に残っていたのが、仙洞寺山(せんとうじさん=せんとうじやま)。なんと距離的にはもっとも家から近い山なのでした。

道志川から仙洞寺山(583m)を望む。自分的にはこれが「山と釣り」の原風景。(2012年8月撮影)
なぜ、仙洞寺山が最後になったかというと、いつでも登れるからと思っていたからかな。あと、地形図を見る限りでは頂上への道がついてなく、藪漕ぎかぁと気乗りしなかったのも事実。イノシシやサル出現情報も頻繁にあったし。
しかし、いつまでも先延ばしにしていても埒が明かないので、とうとうチャレンジしましたよ。

仙洞寺山中腹から津久井三ケ木方向を望む。道志川から中沢山までもよく見えますね。(2016年3月撮影)
地形図を見ながらズンズン登り林道がループになった所で、さてどうするかと思っていたら、なんと頂上へ続く登山道を発見! やはり好き者はいるのですねぇ。ありがたくその道を使わせてもらって30分くらい行くと、とうとう仙洞寺山の山頂に到着! 展望はゼロだったけど、最高の気分。

はい辿り着きましたよ。これで実家の窓から見える山はほぼ登りきりました。(2016年3月撮影)
「百名山巡り」の方がその全山を制覇したあと、もぬけの殻になって山登りへのモチベーションを失うって話を聞いたことがありますが、ぼくの故郷の山巡りは、今後、西のほうにかすかに見える御坂山地へと足を伸ばそうかと思っています。
もし、それも終わったら……、いや、終わらないでしょ。
目に見える山は御坂山地だけでも相当ありますし、いま住んでいる千葉県の海っぺりの山にも興味が出てきたし、イワナ釣りと絡めた山行計画も生きている間にとてもこなしきれないほどストックしてあるし、それらを並行して実行している間は、故郷の山巡りも延々と続くんでしょうね。
いやはや、釣りだけでも忙しいのに、山歩きも始めちゃって。
「人生は遊ぶためにある」ってよく、編集を教えてくれたボスが言ってたけど、50を過ぎるとなんだかほんとうにそんな気分になっていきますわ。
では、「与瀬」の地形図でも見ながら、次の山行計画を立てるとしますよ。
最後まで読んでいただき感謝。SEE YOU!