恋の門

 松尾、松尾スズキ!!!!! 好きだ!!!!

 このくらい役者の底ヂカラがあると、見れるね。ノリが苦手でも見れたね。

 キヨシロウさん、かっこいい。

 江本さん、いいっす。すきっす。

 大竹しのぶさん、すきだー。

 染っ

 こんなちょっとの出番なのにこの豪華さ。

 いい買い物したぜ(借り物だけど)

 松田龍平、カッコイイし。


 コスプレ、三蔵目立ちすぎだろ。


 物語というより役者のチカラが強い。

 こういうのは見ていて楽しくなれる。

ラッシュ・ライフ

 映画。

 原作を読んだのは5・6年前だから、すごい交錯していたことしか覚えてなかったけど、私の見方が甘いのか、あんまり交錯していないなと感じた。

 四つの章を独立させてしまっては、伊坂の技巧が全く活きないではないか。

 だからなんか、無理やりいい話にしようとさせられた感が否めない。

 四人の役者さんはすごいしっかりそこにいて、あまり精神的余裕のない人にはオススメできないー

 寺島しのぶさんは、ホントに素敵だ。そして肌が綺麗だ。

 もっと違う見方ができればおもしろいんだろうけど……。未熟者です。

 京極堂の直後に読むんじゃなかった。

創価学会 新潮新書

 正直、読んだ甲斐がなかった。

 創価学会に対するアンチオピニオンはどこからくるのか、どういう事実があって間違っていたとしたら何なのか、それは今も続いていることなのか、

 という是も非もない事実を知りたかった、というのと、

 思想的に危険なのか、ざっと見排他的のようだけれど攻撃性があるのか過剰防衛なのかとか、

 宗教を持つこと自体、何故だか現代日本ではタブーのような扱いになっているけれど、それは憲法にも自由が記されているし、

 私個人としては特定の宗教を持ってはいないけれど、何かに感謝することは忘れてはいけないことだから、神さまが産物としていていいと思う。


 というような私の知りたかったことが殆ど書かれていなく、

 ただ池田さんには少し興味を持った、くらい。




 さて、36.9℃です。

 この状況で1℃とはいえ熱があがるのは怖い。

 もう1℃上がったら、119番かこの前いった病院に電話しましょう。

 もう、時間がないのかしら……

 さすがの私も気が狂いそうです。

 ないならないでしょうがないから、ないって言って!!!!

 今日もお天道様ありがとうございました。

 なるべく明日は平穏にすぎて、明後日の検査の時にまとめて悪くなってください。

 夜から36.8℃……微妙な発熱。微熱。


鉄鼠の檻

 宗教と生活は乖離させてはならないんではないかと思う。

 宗教、がそれだけで存在することに意味がないのではないか。

 人がいて社会があって絶滅しない掟、みたいなものが宗教なんじゃないか。

 だから坊主や神父という宗教者は宗教を絶やさないようにする、正に伝道師で、もっと言ってしまえば先生なのだろう。

 サインコサインを実生活で活用できる人はそういないだろうけど、学校を否定することにはならない。

 何故か日本では宗教というのが、狂信的な、オウムのような、犯罪組織的イメージが強い。宗教に嵌まっているイクォールおかしい。間違ってる。普通じゃない。

 それは戦中の天皇神格化と敗戦時の天皇人間宣言が多分に影響を与えているんだと思う。

 ただあまりにも負の先入観が強すぎる。

 先入観、自分の勝手なイメージで善し悪しを計ろうとしていることにまず気づいたらと思う。


 京極堂の話は、専門的な考え方や知識も学べつつ、それを日常に結び付けてくれるので、膨大な頁を捲るのも飽きがこないし。


 関君は、隠れた切れ者だよな。

 ホームズの傑作選を読んだのだけれど、ワトスン君とそっくり。

 京極堂やホームズはもう既に人間以上の何か、殿堂入りしているわけだ。

 その超自家発電で霞んでいるけれど、秀才、なんだよな。

 主に関君の視点で描くところ、ホームズもワトスン君が事件を文章に起こした体をとっている、その位置がうまい。

 実においしいよ、関君。


 禅、が今ストーリーの要だ。

 禅なんて日本史世界史で南禅仏教とか聴いたことがあるようなくらいしかなかった。南禅の意味すらわかっていなかった。

 という人にも、何故かわかりやすく、でもちょっと深いところまで案内してくれる、いい本だ。

 全く興味がない人に薦められる厚さではないけれど、文庫で1300頁、少しでも関心がある人には是非薦めたい。

 こうして毎夜、もう目が覚めることがないかもしれないと怯えるのだろうか。



 結構力一杯生きてきたから、あの時こうしてればっ的な後悔も、えっもう長く生きられないの!? 的な動揺もきっとないんだろうけど、

 死ぬのが怖いのは違う話。



 検査もしてないんだけど。

 でもあれから、頭の中貧血みたいにふわふわして、動いてると気持ち悪くなる。

 やっと家で落ち着いて風呂に入ったら、痣をもっと発見した。

 眉間の傷も、もうちょっと外側だったら目が潰れてたかもしれない。




 だから毎日遺書を書く。

 私に残せるのはどうやら言葉だけのようだ。

 

 遺書。

 書を遺す。

 遺書イクォール遺産相続

 火サスか。

 遺書というものがいつから法律文書になったのか知らない。

 そもそもはホントに、書、だったんじゃなかろうか。

 言葉って、単語できっちり意味はあるんだけど、その人がそれぞれの人生で血肉としていくものじゃない。

 その固体の数だけ言葉って存在する。

 文脈含めての、言葉。

 内田樹師匠が著作権のことに触れている文章があって、樹師匠は、WEBに載せたものの著作権を放棄します、と宣言している。

 その言葉を変えようが、自分の解釈まで加えて自分のトコにUPしようが、元々の文章がそのまま樹師匠であって、つまりニュアンスを違う人が変えたり、自分がそれを発展させたりという加工をすることで次はその言葉はあなたのものになったわけだ。

 人の言葉を鵜呑みにするな

 なんて最近じゃあまりきかないけど、私は物事を考える時に捻くれているから都合よくこの言葉を使わせていただいてる。

 丸飲み丸暗記、もちろん意味がないわけじゃない。世の中には変わらない事象が多々あるのだ。大久保利通が初代総理大臣だったことは紛れもない事実で。伊藤博文がロリコンだったらしいというのは高校の日本史の先生が言ってたこと。これはそのティーチャーの言葉。

 遺伝子が数基配列されるというなら、そしてこの各個たる存在を勝ち得ているのであれば、

 私たちは自らの意思で文字配列を作り出し、自らが生きていた証を遺そうではないか。


 そんな心意気で、遺書を書き続ける。

 とりあえず11/2の検査結果まで生きてたら。

 巡り巡って素敵なものとたくさん出会えました。全てのことに感謝します。

 こういう時に、彼は必要なの。

 神さま、持ちきれないすばらしいお恵みを、ありがとう。

 まだしばらく生きていけるようでしたら、あなたのところにお礼を言いにいくから。中々ね、踏み入るのは躊躇しちゃうの教会。

 もし短い余生なら、ごめんなさいあなたのところに行ってる時間はないわ。

 そう、人は神のために生きてるんじゃない。

 人は、その他の人や生き物、存在するもののために生きているんだと思う。



 たくさんの考えが詰まってきたところだもの、あの知識とその知識をコンボで、とか、

 できる限り、私の言葉を遺していきたい。