23分後  BY Innocent Sphere

 劇場に入って、その舞台装置の美しさにやられる
 吉祥寺シアターは、舞台を装飾しがいあるのだろう
 最前の中央付近で、何故かみなさんつまづいていました
 気をつけてください

 若干ネタバレかも

 イノセントの世界がすきだったから、
 今回の作品は違うなっと思ってしまった
 あえて現実、日常を描くことでむしろ無理があちこちに見えてしまった
 バタフライ効果とか風が吹けば桶屋が儲かるとか、
 そういうのってホントに緻密に作らなければこじつけにしか見えない
 その辺は伊坂幸太郎は突出してすばらしいと私は思う
 入り組みすぎて、逆に各々の関係性があまり見えなく、
 最後に世界はつながっているようなことをいわれても、
 シノブは病気になる前は日常生活をおくってたんでしょ?
 釈然としない
 あの外人二人組はとても素敵だったし、すばらしい役割をしていたと思う
 あと大玉ころがしをしたくなった
 客席に回してくれればいいのに
 まあ一番の不満はあのアイドルなんですか?
 話の中でも必要性を感じないし、マネイの関係なのだろうけど、
 そういういわゆる商業演劇に転出するのであれば、
 私は離れていくだろうな
 素敵な役者さんの味をもっともっと噛みしめたかった

 たとえばシノブが殺してと言うとか、
 元ひきこもりの役者がいるとか、
 たしかに社会問題だよ、自殺者の増加とか
 でもこんなに簡単に扱わないで
 うつだとかひきこもりとか簡単に言ってくれるけど、
 どんな思いでその時間を過ごしたか、考えてますか?
 むなしくて情けなくて怖くて怖くて何をすることもできなくて何かしなくちゃと思って失敗してどんどん怖くなって何もできなくて、
 負のスパイラルだよ
 こじつけとか、わらいとかにつかわないでくれよ
 と、最近の作者にうったえたい。そんな私のこころの叫び
 そして今日も負のスパイラルを降っていく

天と血-自由の少女

 自由が丘を彷徨っていた1月3日に見つけた少女
天と血-ツンデレ日本一

 病院に行って、症状を話して、また一ヶ月分のくすりを出される
 スカイ何とかより、
 私は東京タワーがすきだ
 女の子だと思う
 ツンデレの
 東京タワー
 しかし一人で登るのは怖い
天と血-暮れなずむ

 今年初の観劇
 に行く時の駅にて
 もっともっとすごかったけど、このくらいしか伝えられない
 はがゆい
 パノラマを撮りたいことが多い
 自分の目が、パノラマみたいになればいいのに
 そう、シマウマのように(なんで草食動物の視野の話の時は、シマウマなんだろうね)

 活動時間6hが現状限界です
 それ以上は引きこもってくすり飲んで何もしないで時間が経ってくすりが効いてきて眠る
 昨日、お芝居を観に行ったんだけど、
 帰り道目眩が酷いわ、気持ち悪いわ、涙目だし、大変でした
 いつまでって決まってればいいのに
 そしたらその日までがまんするのに
 あと何日あと何週間あと何年
 誰だって先は見えないんだけど
 いつになったら暗闇から出られるんだろうか
 神さま神さま、苦しいよお
コントに女性は向かない
 ようなことを某ENBUにいた時に某故林氏に言われた
 例えば派出所に駆け込むというシュチュエーションで、
 男だったらある種安心してみれるが
 女だったら、何があったんだろう、大変だわ
 等等観る側が考えてしまう

探偵ガリレオ、予知夢、容疑者Xの献身 東野圭吾
 小説は初めて
 徐々に人物相関図が複雑になってきて、
 その分あの頁数だとそれぞれの関係が深く描かれることがなく、
 最初の方が私はすきだ
 ミステリー系がそもそも好きじゃない私だが、
 容疑者Xの献身の石神が私は愛おしいよ
 東野さんは、ちょっと女を美化してるような気がする
 靖子も美里も、典型的な女の弱さを持っていて、
 例えば冨樫に対する態度は、
 暴力を振るわれていたそれとは思えない
 何年も前に追い出した義父をあのタイミングで殴るのが
 この話の唯一のこじつけかな
 あと、花岡親子に感謝する石神の気持ちも
 アレはわからない
 私はわからない
 湯川はこんなにとっぽい感じじゃなかったと思うのに、
 なんかどんどん色男になっていって、
 釈然としないし、面白みに欠けてくる
 容姿がよいとそれだけ外見に目を奪われ、
 中を見ようとしなくなってしまうのだろうね
 石神が最後の最後までぶれないで、一気にがっとくるのがすごいぶわっとするんだけど(何だそりゃ)
 湯川が揺れすぎてて読みづらいのかな
 石神に友人といい、草薙にも友人という、
 友人に対して直接友人だという、逆に関係の希薄化が見られてしまう
 視点が頻繁に変わるのも複雑というより整理されていない印象
 本好きなわりに、ミステリーはどうしても肌に合わない

 で、この前地上波で放送されていましたね、映画版
 ドラマの一巻だけレンタルで観ていて、
 草薙とは別の刑事が湯川とともに主役なのは知っていました
 まず、この二人の関係が草薙と違って浅いから、
 福山が柴崎に、友人として、というシーンの浮いていること浮いていること
 映像だからしょうがないんだろうが、
 靖子がすごく美人になってる。
 これはもちろん客寄せもあるだろうが、
 石神の靖子への気持ちを、私たちが共感できるようにしたこと
 それは原作で中々わからない石神のこころを、薄っぺらくしたということ
 冨樫が美里に殴られて暴れるところで、美里が助けてという声をあげるものすごい違和感
 弁当屋をやるのが夢だったという設定にわざわざしたこと
 もと弁当屋から言わせれば、店長は中でおいしい弁当作ってんだよ
 なぜ店長が売り子に徹しているのか
 あえて原作で言っていたことを違う人物が口にしているとこ
 寒いですねって精一杯言う石神を消して、靖子に言わせて、
 石神がその後わざわざマフラーを下げ、何を言うのか、何か言うことあるのか、疑問
 最後の石神の叫びを、靖子が邪魔しないで欲しい
 堤さんは、すごく素敵です

 福山と柴崎、
 柴崎はパンツスーツ姿で、女っぽくしないようになっている
 しかしどんな女でも、男の隣では女は女だ
 それは変えようがない
 ジェンダーフリーとか男女平等とか色々言われているが、
 男性と女性、二つの性があることは変えようのない事実だ
 だから二人の間にどれだけはれたほれたがなくても、
 二人の関係を友情とすんなり認識できない
 んじゃなきゃ男女間の友情は成立するか、なんて問題はとっくに解決してるだろうよ
 ダ・ヴィンチ・コードのラングドンも作品ごとに女性パートナー変わってるし
 吊橋効果で盛り上がってるけど、次の事件で冷めてるし
 何故、と言われれば、スポンサーがとか視聴率がとか、マネイの問題だと言われようが、
 もっと貪欲に作品への(その経済効果ではなく)執着がみたいものだ
 その思いがなんとか映画や演劇を絶やさないでいるんだろうな
 一本の線を引く

 それは決して一本でなくてはいけない
 二本目からは欲や見栄や前のに対する執着になってしまう


 ばななの王国その3のラストの件と
 奥へ行きつつある趣味の写真が重なった時に思ったこと

 写真って、いわゆる芸術、あるいは作品、趣味の中でも、特異なモノだと思う
 対象物が必ずある
 私はよく空の写真を撮るのだけれど、
 空を見て心も晴れることがある
 それを私なりに写真に収める、ということは何なんだろうか
 だって空も花も動物も人間もそこに生きてるんだもの
 しかし私は写真がすきだ
 そこに人間的な(欲の混じった)いやらしい感じはない
 たぶん、あるのは対象物に対する貪欲さ
 それは比喩的だけれど、対象物に自分なりの一本の線を引くことだと思う
 それは一本でなくてはいけない
 二度とそれ以上の線を引いてはいけない
 取り消すことのできない一本

 これは私がまだまだ写真に関して浅いところにいるからという可能性も否めないけれど
 軒先にある植物プランターを撮りたいとは思わない
 可愛いと思う。色や形
 これが華道や、そこまでいかなくとも盆栽とか計算され整えられた花壇なら違う心持ちもしようが
 植物プランターに凝る人はたぶんだけどプランターじゃもの足りなくなると思う
 プランターは彩りや明るさという印象を(その家やその人に)与えるもので
 そこに欲が現われていて
 つまりもう一本目の線が引かれている状態だと推測してみた
 そこに私の写真というもう一本の線を入れることがナンセンスかなと

 何も軒先の植物見るたびにそんなこと考えているわけではございません

 そうした時に、
 有名な建築物や彫刻、絵画の写真はどちら側になるのかと考える
 これは困った
 写真を見て心躍ることは多かれど、
 それは写真が持つ力なのか、元の作品が素晴らしいからなのか
 もちろん元の作品の持つ力は大きいだろうが
 果たしてそれは二本目の線になってしまうのか
 否、と恐れながら宣言してみる
 芸術は創造物であり、どうしたってその人の味が出てしまうオリジナルなのだ
 模倣品、レプリカはこれを失っているのだろう
 だからいつの時代も芸術家は絶えない
 誰もが違うから飽きない、面白い
 そうした作品を撮る時は、作者との対決になるのだろう
 実は自然に恐れながら線を引くよりも、
 もっともっと欲深い、恐ろしい体験なんだろう。あるいは敬い
 それはその作品に、その作品を創るに至ったその作者の経緯に、自分という線を引く
 なんて怖ろしい作業だろうか
 素人と玄人の違いは
 一本の線を命を削って他に引くか、自分を飾るために利用するか、なのか

 すごくいいなと思った写真を観た人が、
 それを自分のカメラで撮る人がいるだろうか
 いてもいいけど、その人と私は一生分かり合えないだろう

 演劇ってなんだろうなって、その延長でもちろん考える
 自然な演技って文句を、私は真っ向から否定する
 演じるということが、その役に対して自分の一本の線を引くことなのだから
 それを自然に見せるという行為は、私は気持ちが悪い。
 自分を着飾っているようで、そう見せようと、そこに何本もの線を加えているようで
 古典戯曲が何千回何万回続くのは、それに携わる芸術家が各々「個」であり、同じものは創りえないからだ
 日常を、現代社会を、あるいは過去の史実をモチーフにした良き作品ももちろんある
 ただ単に、私の好みは優等生の作品じゃないんだということ
 皮肉に、ものすごく誇張された作品に参加したいと思う今日この頃
 私は劇団桟敷童子がだいすきです
 演劇を観たことがないという人にこそ、あのもう、それはもうすごい生き様を観て欲しい


 鼻血の件ですが、
 小二以来の出血でした
 びっくりした



 2011年が始まって二週間、ご無沙汰をいたしました
 年々アナログを好むようになってきまして、
 特に自分の考えたことをノートに書きつけていると、
 ブログという公の場で表明したい、そしてそのくらいの文章は書きたい、
 と思うと、無名のブロガーとしても、覚悟が必要になりまして、
 年明けからまた体調を崩していたのもあり、更新はしませんでした

「個」という言葉を先ほど使いました
 私は干渉、過保護、束縛されることを絶対的に嫌ってきました
 嫌悪感を隠そうともしません
 むしろ全開にして二度とそうするなオーラを出していました
 何故なんだろうと、人生で初めてそれについて考えました、先日。おととい
 自分は一人でできる、と考えているから、そこに他人が手を加えるのが許せない
 自尊心が強いんだなと
 自己分析しました
 ちょっと凹みました
 (笑)
 そういう角度から見ると、私の頑なさはそこから来てるんだなとか、
 色々すっきりしてきました
 あらためて、自分という器について大きくもなく小さくもなく、サイズを把握したいなとおもいます
 初めの一歩
 そして一本の線
 ああ人生(笑)

 今年の一文字

『後』

 自分の生きている意味は自分の後ろにくっついているんだと思う。

 だからいつも見えない。自分のは見づらい。人の、自分の先行き人のはよく見えて、追いつかなきゃって焦って。

 でも誰かと同じにはなれなくて、スゴイ人には中々なれなくて、じゃあ自分ってってなった時、

 ホントはね、時間は一方方向だから進化でも退化でも真っ直ぐはみんな同じなんだけど、

 たまにちらっと振り返ってみるのね。

 したらさ、私の背中の後にまた人がいるのさ。

 だから、あなたの背中を見て歩いている人が後にいるのね。

 男は背中で語る、なんて、男だけに譲らない。

 魅力は背中から。

 中々自分で手の届かない背中から。

 しっぽ、あなたにも付いてます。

 後を往く者が迷わないように、足跡残して生きましょう。


 年末近くに、なんか妙な掌編を書いたのですが、

 10年、こだわり続けてそれがわかった瞬間は絶望だったけど、あ帰ってきたなって。

 その間10年、自分では先へ先へ今から逃げるように突き進んできたつもりだし、頑張りすぎと言われるくらい我武者羅だった。

 それがぐるんって回帰するんかいっスナフキン

 まあでも、やっと肩の荷が降りたかなと。

 25歳ではっちゃけられなかったら、一生はっちゃけられないような気が勝手にして、

 人生初のショートパンツデビューですジャック照れ

 脚は見せれば綺麗になる、様です。

 筋肉で可愛くないこの脚をさらしてみようかと。


 なんか途中で、芝居にこだわらないとかいう目標を掲げてましたが、

 すごい簡単で単純で目の前にありすぎてホントにもう私の目のフィルターとかになってるから全然見落としてたんだけど、

 やっぱり私、演劇すきなんだわ。

 色々、芸術だ社会だ生きるとは才能とは役者とはエトセトラ考えすぎてて全然気づかなかってん、

 ばってん、おい、演劇がすきです!!!!!!!!!!!!!!!!!

 私も幸せになる道も当然あって、もちろんそこを光の芸術で目立たせてみんなを引き込んでみんなしあわせになりたいんよ。

 せやからすんません、役者はやめられんわーQRコード



 今年もホントにたくさんの人に迷惑をええたくさんかけて、

 辞めた職場の人にもすごい迷惑をかけ、

 一緒に舞台を作った人にもなんか迷惑かけっぱなしで、

 振り返って反省ばかりの一年です。

 すんませんでしたっ

 そして私を、倒れたり、いまだ社会復帰できない状態ですが、支えてくれた全ての人に、ありがとう。いくつ言っても足らんなー。

 ホントウにこの感謝を忘れずに、また来年、今度は私からあなたへ、何か贈れればいいなと思っています。


ほんんんんんんんとにっ2010年、ありがとうございました!!!!!!

来年も精進していきたいと思いますので、若輩者ですがサカナノアヤをよろしくお願いしますオリーブ