って人は、仲間内の結束は強いの。観客渾然一体となってライブるし
類友というか、そこではどれだけドリを知っているかで優劣でもないが、
格付けのようなものがあるような気がする
私はドリ友はいません。欲しいなと思いつつ、
ドリがそんだけ好きな人とドリについて語り合うような場では、私は浮きそう
すきだよ、すごいすきだよ、あいしてるよ
でも同時に俯瞰している自分がいる
吉田美和の素晴らしさはどこにあるのか、とか
中村正人の吉田美和の曲をベーシストその他の音源(音楽用語はトンとわからん)という形で支えている、とか
吉田美和という一つの生命体を世界中に届けるために、正さんは生きているんだと思う
しかし、どんなに日本屈指のアーティストでも、
当たり前だが好みじゃない人はいる
それは当然なことだ
上に行く人は色んなものを踏み台選抜し踏み落として這い登っているのだから
アスリートと同じだよ
音楽というゴールは存在しないけど、
それでも、
もっともっと、と人は思うのです
さらにしかーし、
ドリファンで一番難点なのは、
ドリカムがすき
と言ったときの、なんだよ善人ぶってとかかまととぶりやがってとか
なんかすごい微妙……
声優とかアイドルの名前が出たほうが空気的にマシという
この現象はなんだろうかと、ふと考えているのだが、
それはあまりにも真っ直ぐで、
純粋すぎる人って、ゼッテーそんなの嘘だろーって思われるじゃん
でもこう考えたらいかが?
吉田美和は人間じゃないの
音楽の神さまが地球に送り込んだ仙女なの
私世代の子ならよくわかるでしょうが、
間宮裕子、が冴島翠より、共感をしやすく、いじらしい姿にきゅんとくるのだ
しの、もだな
翠はやっぱり天使だから
「あたしは冴島翠になりたかった」
マミリンはそのままでいて欲しい
最近、またドリは色んなタイアップ企画をし、
確かにそのどれもがよい曲なんだけど、
DWL2011のアー写が、
あまりにもポカリで
確かに衣装は素敵だ、素敵だと思う
商業という意味では当たり前の格好だ
わかっていても、ドリグッツをコンプするのがファンの証か?
私は吉田美和という人は本当に好きだし、
もちろんドリというアーティストも
なんだけど、とりいぬかめつるせんべえとか買おうと全く思わないし、
ドリの固定ファンはたくさんいる
だからそういう商品もたくさん売れる
それはドリなのか?
ついでに私は庭イジは聞いてません
UPされる裏も観ていません
ドリの人間性が見えるのは歌だから
でもダイスキなんだよ
グッツと言えば、
いまや酷いとさえ言いたいのが
ONE PIECE
あっちでもこっちでも色んな物出て、
ワンピを食い物にした商法には、品がなく、
私のようにジャンプで第一話から読んでいるような、
尾田っちの作品そのものがすきなんだー
っていう人たちは、
何よりも、ワンピの世界を愛する人がそういう企画に携わって欲しいと思うのです