Fifteen men on a dead man's chest
Yo ho ho and a bottle of rum
Drink and the devil had done for the rest
Yo ho ho and a bottle of rum.
死人の箱にゃ15人
ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ
残りは酒と悪魔がやっつけた
ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ
ご存知スティーヴンソンの名作「宝島」のメインテーマとも言える海賊の歌です。読んだことがない人さえ、この歌詞は知っているんじゃないかな。「死人の箱」というおどろおどろしい言葉も印象的ですし、酒と悪魔というコンビも、また掛け声のヨ、ホ、ホーも荒削りで怖いようなわくわくするような。
小説の冒頭に、元海賊だった「船長」がラム酒を煽りながら毎日のようにがなりたてる歌。また、後ほど宝探しに出るヒスパニオーラ号でも出航の際、まんまと船に乗り込んだ海賊、一本足のシルバーが歌っています。読者としては遅くともここで「あれ?これって海賊の歌では……」とはらはらするところですね。
この歌の歌詞はスティーヴンソンの創作ですからメロディはないんですが、内容はおそらくエドワード・ティーチ船長の話ではないかと言われています。これは実在した海賊でして、別名の「黒髭船長」として有名ですが、この人についてはヴァージニアの孤島に手下を15人、剣一振りと衣類の箱一つだけつけて置き去りにした、というエピソードが残っているんですね。宝島にもあるように、孤島に置き去りの刑は遅かれ早かれ死を意味しているもの。誰もがベン・ガンみたいにサバイバル出来る訳じゃない。増してやアル中や持病持ちが多い船乗りですから(当時の船乗りたちは船上の重労働が祟って、大抵鼠径ヘルニアを患っており、その上衛生上にも問題ある生活を送っていましたから、余り長生きできなかったようです)
というわけで、歌詞は犯罪や海賊たちの荒れた生活を語っているわけですが、彼らが好んでこれを歌うのはそれだけではないんです。何より大事なのはこの歌が「作業歌」ということでして。
「何か歌をやってくれよ、焼肉台」と一人が叫ぶ。
「古いやつを一つな」と別の者が叫んだ。
「分かったぜ、兄弟」と、松葉杖に凭れたまま横に立っていたのっぽのジョンは言って、突然私が余りにも良く知っているあの歌を歌い始めたのだ――
「死人の箱にゃ15人――」
そこで船乗り一同が揃って続きを歌った。
「ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ」
そして三度目の「ホー」のところで、彼らは全力でキャプスタンを回したのだった。
……実は船乗りが歌うものには俗に言う「船乗り歌」と、「シャンティー」と呼ばれる「作業歌」という二つのジャンルがあります。
船乗り歌は主に船頭(英語でForecastle)に立って見張りをする者が歌うので、フォアカースル・ソング、または見張りがその際、船の杭(英語でForebitt)に座ることから、フォアビッターとも呼ばれました。これはバラード調のものが多く、一つの物語になっているものもあって、通常一人で歌うものです。というわけで、私たちの感覚から言えば「歌曲」に近いかもしれませんね。内容的にも「船乗りのロマンス」と言われるホームシックとか恋歌とか冒険心とか、つまりは素人の私たちが船乗りに憧れる要素がたっぷりです。宝島の冒頭に出てくる例の乱暴者の「船長」は、時々古びたロマンス風の歌を歌って主人公を驚かせるんですが、おそらくこちらはフォアビッターだったんではないかと菜之花は考えています。
それに比べ、「シャンティー」の方は明らかに船での作業を行う為の歌でした。
船では錨を引き上げるにしても、帆を操るにしても、全て大人数が同時に同じことをしなければならない作業が多く、そのタイミングが決め手となります。古代のガレア船には叫び声やティンパニによってオールを漕ぐリズムを教える音頭取りが必ずいたものですが、「シャンティー」にも似たような意味があります。つまり、ここでも一人の音頭取りがソリストとして歌い、後から他の船乗りたちがリフレインを一緒に歌うことによって、作業のリズムを合わせるんですね。
しかも錨を引き上げる時のリズム、ロープを引く時のリズム、帆を上げる為のリズムなど、作業によってそれぞれのタイミングがありますから、単に「船上の作業歌」では説明しきれないのが面白いところです。
例えば「ハウリング・シャンティー」はロープを引く時に歌われるもので、リフレインには長く伸ばして歌う音が必ず入っています。有名な「ジョン・カナカ」は典型的なハウリング・シャンティーですが、これは長くて太いロープを思い切り引っ張る時の作業歌なので、「ロング・ハウラー」と呼ばれました。
ロープが短かかったり、ポンプで水を吸い出す作業の場合は、延々と続く角ばったリズムの「シーツ」や「ポンピング・シャンティー」が一同の細かい動きを纏めます。
船では決して欠かせないのは錨を上げる作業。上記のスティーヴンソンの描写にもありますが、これもなかなか大変です。昔の船にはキャプスタンと呼ばれる幾つもの穴が開いた大きい絞盤があり、この穴に鉄棒を突っ込んでそれをハンドル代わりにし、複数の船乗りがキャプスタンの周りを廻るように歩くことによって、錨の鎖を巻き上げていました。
で、此処でちょっとスティーヴンソンさんは何か勘違いしてたんじゃないかな、と思えることが……
キャプスタンの周りをリズムカルに歩く作業ですから、兎に角歩調を合わせて歩き易い曲でなければならない。「ヒーヴィング・シャンティー」と呼ばれるこの歌は、例えばこの有名なものの様なリズムが多いんですね。
となると、スティーヴンソンさんの描写している「三度目のホー」でキャプスタンを回す、というのはおかしい、ということになってしまいます。大体キャプスタンは常に回し続けていなければ鎖が反動で戻ってしまいますし、一時的に力を入れて巻くものではなく、歩きながら少しずつ巻き上げていくもの。「三度目のホー」で力を入れる「死人の箱にゃ15人」は、どうも錨を引き上げる為の作業歌ではなく、帆を操る時のハウリング・シャンティーに属するとしか考えられないのですが……。
ところで再び「宝島」の初めに登場する謎の「船長」ですが、この人、酔っ払っては「死人の箱」を歌い、周りに迷惑をかけている、と主人公は零しています。何よりうざいのは、この歌を歌う時に宿屋の他の客がリフレイン部分を一緒に歌ってやらないと、ご機嫌を損ねて乱暴することですが……
彼が海賊船であっても「船長」であり、この歌が作業歌だということを考えると、リフレインを誰も一緒に歌わない、というのは、つまり船乗りたちが怠けている証拠なんですね。だからこそ、誰も歌ってくれないと怒る。周りが構ってくれないから怒るわけではなく、船長として、作業の音頭を取る者として、やる気のない手下共に怒っているわけです。
泥酔しているから自分が船ではなく宿屋にいることにはおそらく気付いていないのでしょう。そこまで酔っているのにそれでも尚、歌を通じての船乗りたちの働き振りには厳しく、情け容赦ない。そしてどんなに酔っていても、もう海賊として引退していても、歌うものは相も変わらず「作業歌」。
そんな一途に海で生き抜いた、この老人の海の男らしいかっこいい姿。彼も結局はラム酒と悪魔にやっつけられてしまいますが、いろいろなシャンティーを聴いていると、船で歌いながら手下共の尻を蹴飛ばしている、彼の過去の勇姿が目に浮かんできますかも。
Yo ho ho and a bottle of rum
Drink and the devil had done for the rest
Yo ho ho and a bottle of rum.
死人の箱にゃ15人
ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ
残りは酒と悪魔がやっつけた
ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ
ご存知スティーヴンソンの名作「宝島」のメインテーマとも言える海賊の歌です。読んだことがない人さえ、この歌詞は知っているんじゃないかな。「死人の箱」というおどろおどろしい言葉も印象的ですし、酒と悪魔というコンビも、また掛け声のヨ、ホ、ホーも荒削りで怖いようなわくわくするような。
小説の冒頭に、元海賊だった「船長」がラム酒を煽りながら毎日のようにがなりたてる歌。また、後ほど宝探しに出るヒスパニオーラ号でも出航の際、まんまと船に乗り込んだ海賊、一本足のシルバーが歌っています。読者としては遅くともここで「あれ?これって海賊の歌では……」とはらはらするところですね。
この歌の歌詞はスティーヴンソンの創作ですからメロディはないんですが、内容はおそらくエドワード・ティーチ船長の話ではないかと言われています。これは実在した海賊でして、別名の「黒髭船長」として有名ですが、この人についてはヴァージニアの孤島に手下を15人、剣一振りと衣類の箱一つだけつけて置き去りにした、というエピソードが残っているんですね。宝島にもあるように、孤島に置き去りの刑は遅かれ早かれ死を意味しているもの。誰もがベン・ガンみたいにサバイバル出来る訳じゃない。増してやアル中や持病持ちが多い船乗りですから(当時の船乗りたちは船上の重労働が祟って、大抵鼠径ヘルニアを患っており、その上衛生上にも問題ある生活を送っていましたから、余り長生きできなかったようです)
というわけで、歌詞は犯罪や海賊たちの荒れた生活を語っているわけですが、彼らが好んでこれを歌うのはそれだけではないんです。何より大事なのはこの歌が「作業歌」ということでして。
「何か歌をやってくれよ、焼肉台」と一人が叫ぶ。
「古いやつを一つな」と別の者が叫んだ。
「分かったぜ、兄弟」と、松葉杖に凭れたまま横に立っていたのっぽのジョンは言って、突然私が余りにも良く知っているあの歌を歌い始めたのだ――
「死人の箱にゃ15人――」
そこで船乗り一同が揃って続きを歌った。
「ヨ、ホ、ホー、おまけにラム酒が一瓶だ」
そして三度目の「ホー」のところで、彼らは全力でキャプスタンを回したのだった。
……実は船乗りが歌うものには俗に言う「船乗り歌」と、「シャンティー」と呼ばれる「作業歌」という二つのジャンルがあります。
船乗り歌は主に船頭(英語でForecastle)に立って見張りをする者が歌うので、フォアカースル・ソング、または見張りがその際、船の杭(英語でForebitt)に座ることから、フォアビッターとも呼ばれました。これはバラード調のものが多く、一つの物語になっているものもあって、通常一人で歌うものです。というわけで、私たちの感覚から言えば「歌曲」に近いかもしれませんね。内容的にも「船乗りのロマンス」と言われるホームシックとか恋歌とか冒険心とか、つまりは素人の私たちが船乗りに憧れる要素がたっぷりです。宝島の冒頭に出てくる例の乱暴者の「船長」は、時々古びたロマンス風の歌を歌って主人公を驚かせるんですが、おそらくこちらはフォアビッターだったんではないかと菜之花は考えています。
それに比べ、「シャンティー」の方は明らかに船での作業を行う為の歌でした。
船では錨を引き上げるにしても、帆を操るにしても、全て大人数が同時に同じことをしなければならない作業が多く、そのタイミングが決め手となります。古代のガレア船には叫び声やティンパニによってオールを漕ぐリズムを教える音頭取りが必ずいたものですが、「シャンティー」にも似たような意味があります。つまり、ここでも一人の音頭取りがソリストとして歌い、後から他の船乗りたちがリフレインを一緒に歌うことによって、作業のリズムを合わせるんですね。
しかも錨を引き上げる時のリズム、ロープを引く時のリズム、帆を上げる為のリズムなど、作業によってそれぞれのタイミングがありますから、単に「船上の作業歌」では説明しきれないのが面白いところです。
例えば「ハウリング・シャンティー」はロープを引く時に歌われるもので、リフレインには長く伸ばして歌う音が必ず入っています。有名な「ジョン・カナカ」は典型的なハウリング・シャンティーですが、これは長くて太いロープを思い切り引っ張る時の作業歌なので、「ロング・ハウラー」と呼ばれました。
ロープが短かかったり、ポンプで水を吸い出す作業の場合は、延々と続く角ばったリズムの「シーツ」や「ポンピング・シャンティー」が一同の細かい動きを纏めます。
船では決して欠かせないのは錨を上げる作業。上記のスティーヴンソンの描写にもありますが、これもなかなか大変です。昔の船にはキャプスタンと呼ばれる幾つもの穴が開いた大きい絞盤があり、この穴に鉄棒を突っ込んでそれをハンドル代わりにし、複数の船乗りがキャプスタンの周りを廻るように歩くことによって、錨の鎖を巻き上げていました。
で、此処でちょっとスティーヴンソンさんは何か勘違いしてたんじゃないかな、と思えることが……
キャプスタンの周りをリズムカルに歩く作業ですから、兎に角歩調を合わせて歩き易い曲でなければならない。「ヒーヴィング・シャンティー」と呼ばれるこの歌は、例えばこの有名なものの様なリズムが多いんですね。
となると、スティーヴンソンさんの描写している「三度目のホー」でキャプスタンを回す、というのはおかしい、ということになってしまいます。大体キャプスタンは常に回し続けていなければ鎖が反動で戻ってしまいますし、一時的に力を入れて巻くものではなく、歩きながら少しずつ巻き上げていくもの。「三度目のホー」で力を入れる「死人の箱にゃ15人」は、どうも錨を引き上げる為の作業歌ではなく、帆を操る時のハウリング・シャンティーに属するとしか考えられないのですが……。
ところで再び「宝島」の初めに登場する謎の「船長」ですが、この人、酔っ払っては「死人の箱」を歌い、周りに迷惑をかけている、と主人公は零しています。何よりうざいのは、この歌を歌う時に宿屋の他の客がリフレイン部分を一緒に歌ってやらないと、ご機嫌を損ねて乱暴することですが……
彼が海賊船であっても「船長」であり、この歌が作業歌だということを考えると、リフレインを誰も一緒に歌わない、というのは、つまり船乗りたちが怠けている証拠なんですね。だからこそ、誰も歌ってくれないと怒る。周りが構ってくれないから怒るわけではなく、船長として、作業の音頭を取る者として、やる気のない手下共に怒っているわけです。
泥酔しているから自分が船ではなく宿屋にいることにはおそらく気付いていないのでしょう。そこまで酔っているのにそれでも尚、歌を通じての船乗りたちの働き振りには厳しく、情け容赦ない。そしてどんなに酔っていても、もう海賊として引退していても、歌うものは相も変わらず「作業歌」。
そんな一途に海で生き抜いた、この老人の海の男らしいかっこいい姿。彼も結局はラム酒と悪魔にやっつけられてしまいますが、いろいろなシャンティーを聴いていると、船で歌いながら手下共の尻を蹴飛ばしている、彼の過去の勇姿が目に浮かんできますかも。