心なんて一生不安さ | 断片の集積

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主にポルトガルでの生活について

仕事がうまくいかなくて。

責任逃れをすることは出来る。
だって、設計のせいじゃないもの全て(施工の悪さとか、クライアントの勝手な都合とか)まで設計のせいにされてるから。そういう施工精度の問題は工務店のせい、図面の承認を得ているんだし使えてはいるんだから出来てから図面と変更したいって言うのはそっちの勝手なわがままなんだからもう俺は関係無い、やりたいんだったら勝手にしてくれって言って、匙を投げることは出来る。仮に裁判になったって負けることはないっていうことも確認した。
でも、クライアントが色々言うのは俺のことが嫌いなんじゃなくて、俺のことを異常なくらい信頼してくれていたから、それに対する反動の失望で、めちゃくちゃ怒られ、滅茶苦茶に言われ、あきれられたということも分かる。

早くここから逃げたい。
でも、逃げちゃいけない。

一時はなんで何もかも俺のせいにされなきゃいけないんだって思って、もう裁判でもなんでもしてやろうと思った。
でも、今は後悔の方が強い。自分が甘過ぎたことに対する後悔。
「お客さんの要望通りにしたんだからまあ、いいだろう」とか、「工務店が大丈夫というんだから任せとけば良いだろう、しかも工務店はお客さんが連れてきた工務店だし」とかっていう甘え。
途中で考え直したけれど、工事着工後一週間くらいの気の緩みと甘え。
全てはあれのせいなんだ。
もう取り戻せない甘え。
次の仕事には絶対に生かせる。もう同じミスは絶対にしない。
でも、今回のことは取り戻せない。
どうやったらみんながハッピーに終われるんだろう。いや、みんながハッピーであることはもう望んでいない。でも、せめてお客さんがハッピーで終われるようにしたい。

もっと強くならなければと思う。
こういううまくいかないときに踏ん張る力、負けない力を手に入れなければならない。
そして同時に、お客さんが「こうしたい」といっても、それに対してメリットとデメリットをちゃんと説明して、「僕はこっちの方が良いと思います」とはっきり言える強さと自信を手に入れなければと思う。それを、どんな人に対してもいえる強さを。
意見を求めてくれるクライアントには言えても、今回のように「こうしたい」と強く主張してくるクライアントに言えないんじゃダメだ。結局、そういうクライアント程、今回のようにうまくいかなかった時にもめる訳だから。意見がはっきりしてるってことは、思い入れが強いってことだから、妥協はないってことだから。

全てにおいてもう間違えない。
本気で考え抜いてミスしたならしょうがないけれど、甘えがあって手を抜いた部分があって、そこで揉めるって言うのは後悔しか残らない。悔しいし、お客さんに申し訳ない。
自分を責めることしか出来ない。

でも同時に、それによって心がやられている。
正直もう現場に行きたくない。死にたいとさえ思う。
多分この弱い心は最初の事務所を辞める時についてしまったもの。
正直に言って、あのとき僕は鬱とかそういった類いの何かしらの病気だったと思う。
それを克服出来ていない。追い込まれるとすぐ死にたくなってしまう。

頭で分かっていても心が嫌がって、体が動かない。
一人で居ると不安になっておかしくなってくる。
もう逃げたい。早くはなれたい。
どうしたらいい?どうしたらいいんだよ、俺?

分かってる。終わってしまえば「あんなこともあったんだ」って言える。「あの現場があったから今の俺がある」って将来絶対言える。それぐらい貴重な経験をさせてもらってる。ひどいことさんざん言われてるけど、お客さんだって俺を育てようとしてくれてる。こんなお客さん居ないよなとも思う。
そういうこと全部頭では分かってる。
でも心が弱すぎて。

「心なんて一生不安さ」ってうたいながら必死で頑張ろうとしてるけど、もう無理かもしれない。
これ以上新たな問題おこらないように祈るしかない。
ああ、もう本当にどこか遠くへ逃げてしまいたいよ。