サンティアゴ・ポルト 写真 | 断片の集積

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日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

遅くなってしまったが写真を。あれからもう一週間がたった。課題に追われ、忙しかった。一日一日を振り返ると密度の薄い日もあったが、トータルで見ると密度が濃く、もう一ヶ月くらい前のように思える。だから、ここらあたりでもう一度あの旅行を振り返ることも大事だろう。



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朝5時のサンティアゴは霧に包まれて、幻想的。オレンジ色の街燈がセピア色の景色を作り出していた。この写真はカラーでとった。それでこの色。写真ではうまく伝わらないけれど、もっとフォルムがぼやけていて本当にきれいだった。

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その後僕らはシザの現代美術センターへ。いろいろ見どころがあった。構造のこと、ディーテイルのこと、詳しく見出すときりがなかった。建築は楽しいと再確認させてくれた。細かいところまで気が効いている建築は、簡単にはすべてのことを把握できなくて、どうなっているの?と考えたくさせて、とっても面白い。考え出すと気になってきりがないんだ。昨日行ったシアードもそうだったな。また行って、調べて、いろんなことを把握しなくては。まあ、その話はまたあとで。


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カテドラルはやはり圧倒的。内部に光(自然光)が少ないのは残念だったけれど、ファサードの装飾の豪華なのだけれどやりすぎていない(時代の流れとともにこうなったのかもしれない。日本の神社だって創建当時はうるさいくらいの装飾があったのだから)美しさや、カテドラルと広場・周辺建築の関係性や、アプスにあった小部屋や、何といってもその巨大さや、やっぱり凄い。


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これは東側エントランスの近くにあったイエスの彫刻。美しかった。こちら側は装飾が少なく、簡素でよかった。何もない所にぽつんとこの美しい彫刻が設置されている。イエスの美しさが本当にすごい。イエスが十字架にはり付けられているシーンってよくよく考えるととても残酷で、厳しいシーンだけれど、イエスの表情はとても美しい。もちろんこのシーンがグロテスクだったら誰もキリスト教を信じなくなってしまうから、美しくするんだろうけど、何といってもイエスが悟っているというか、十字架にはりつけられ、死ぬ事を受け入れているという事実がこのシーンを美しいものにしていると思う。死んだあとの棺桶に入れられたイエスの彫刻もこっちではよく見るけれど、それらを美しいと思ったことは今のところまだ一度もない。イエスがマリアに抱きかかえられ、十字架から下ろされるシーンもしかり。彫刻自体が美しくとも、そこにイエスの表情や意志を読み取ることができないからだと思う。やはりイエスも人の子なのだから、その表情が美しさのすべてなのだと思う。


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アプスの右奥にあった小部屋。この部屋が一番きれいだったな。


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少し離れた丘の上から見た尖塔。カテドラルの巨大さ、威厳を伝える。


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翌朝はまだ暗い中散歩に出た。途中強い雨に打たれたけれど、たくさんの美しい景色に出会うことができた。

カテドラルの向かいにある建物の回廊。雨をしのぐ巡礼者と犬に出会う。

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朝のカテドラル

雨に濡れた石畳に光が反射してきれい。


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朝見るガリシア現代美術センターもまたよし。石の光の反射・吸収の仕方が美しい。


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そしてポルトへ。念願の対岸に渡る。こちらから見る景色がやはりポルト一だねと友達と話す。だからポルトって言うとこの写真が使われるんだよね。

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手前側にはワイナリー。この屋根の連なりも見たことのない景色を作り出していた。


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ソウト・デ・モウラ設計のメトロの駅。これは写真で見た方が好し。実際はあまり何てことない。この丸い抜けが上のフロアとコネクトしていたら面白かったのにな。むしろそうなってると勝手に思って行ったから、ちょっと残念だった。


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最後にカサ・ダ・ムジカのフライヤー。展開図がデザインされていたから、寮に戻ってきてさっそく作ってみる。模型作りは良い息抜きになると再確認。このボリュームの下から1/4くらいは地中に埋まっている。


一気に旅行を振り返ってみた。やっぱり旅行は良い。日本にいたらできない経験ができている。かんたんにサンティアゴまで行けてしまうのだもの。

もっともっと旅したいね。もっと遠くまで。今度はレンタカーとかでね。