劣等感をガツンと感じてしまうとき
そして、なんかもう、
自分なんかが頑張っても…と
やる気を失ってしまうとき。
ありませんか?
まぁ、まさにここ一週間くらい
やることいっぱい!な中で
久しぶりに
ガツーン
と、劣等感に襲われ、
ああ、こんな凄い人がいるなら、
もう私は不要じゃん?
私が頑張る理由とかある?
と、カラダ中の
エネルギーを根こそぎ持ってかれる、
みたいになっていたのね。
なんとかエネルギーを振り絞って
めっちゃ仕事して、
集中してるときはいいんだけど、
フッ…と気を抜いたときに、
ズーん…
と、また、
そこから抜け出せなくなり
また立ち上がり
エネルギーを出すのに
時間がかかるという…
で、なぜ、
劣等感が起こるか、
というのを、
ずっと考えて考えて考えていたら、
理念設計コーチ的な視点での、
ああ、なるほどと思う結論に
至ったわけなのですよ。
で、悟ったことは、
劣等感とはギフトだ!
ってこと。
もっと言うと、
劣等感は、
あなたの最大の
才能の在り処・輝くべき場所
を教えてくれるもの、なんだな、と。
どういうことかというと、
劣等感って、
嫉妬の延長線上にあるんよね。
嫉妬は、何あいつ!悔しい!
みたいな、悔しさや憎さが
全面に剥き出されている感じだけど、
劣等感って、悔しい、とさえ
表現されないほどに
あっ、この人には勝てないんだ…と
諦めに似た形で訪れる。
あの人みたいには
なれない自分はダメだ。
っていう感じで、
途端に自分を愛せなくさせるのが劣等感。
だとしたとき、
今回、なぜ、これほどまでに
強く劣等感のボタンを押されたのか?
と、めっちゃ考えたわけよ。
幼少期のトラウマか?
…誰からも愛される妹への劣等感か⁈
…小学校での転校生、彗星のごとく現れた美少女、愛ちゃんか⁈
…うーん、それとも、まだ思い出せていない、誰かの存在か?
とか、まぁ、掘り下げてみたものの、
なんかしっくり来ないわけ。
でもね、そうこうしてるうちに、
突然、閃き💡が降りてきて。
どんな閃きかというと、
私なりに数年前から
温めては形に出来ないままになっていた
ビジネスプラン。
…あ、あのときは、
自分も未熟で頓挫したけど、今ならやれるな…。
と、フッと思いついて。
そしたら、そこから夢中で
ビジネスモデルの図解して
計画を立て始めて、
ワクワクが止まらなくなって。
そのときにわかったよね。
私が感じた劣等感=
あの人みたいには
なれない自分はダメだ、
っていうのは、
あの人を超えられる自分
がいることに蓋してことに
気付かせるために感じるんだな、
って。
本来は、超えられる人だから、劣等感になる。、
だって、あまりに超越している人を見て、
劣等感を感じるとか、
あまりないんじゃないかと思うわけ。
例えば、イーロンマスクとか
マークザッカーバーグとか
孫正義さんとかに対して、
あの人みたいには
なれない自分はダメだ
とかは、思わなくない?
ああ、凄い人やなー、というぐらいでしょ。
あと、レベル感はさておき、
自分のフィールドとは全く違う分野で
活躍してる人を見ても、
いちいち劣等感持たないはず。
例えば、私は運動がずっと嫌いなので、
スポーツ関連の仕事や
ダンサーには劣等感は抱かない。
それか、自分もやってきた分野だけど、
あ、これ、自分はここまでは無理、
こんなは頑張れないわ!
なら別なところで頑張るわっ
みたいなときもあるだろうね。
それは、劣等感…ってほどじゃなくて、
自分の道じゃなかったことを
認識して受け入れてるから、
ただ単にイイ気付き。
だけど、何か劣等感を感じるんは、
劣等感を与えるその人が、
自分も心の底で、
チャレンジしたい分野か
チャレンジしたいスケール感
活躍してるときやんな。
自分のど真ん中なものであればあるほど、
それを先駆けてやっているやつがいれば
悔しくなる。
悔しいを通り越して諦めになる。
でも、どこかで
諦められないでいて、
その人の存在を理由に
自分が頑張らない理由を作ったり
隠れたり逃げるような自分がいるなら
本来は、あなたが
超えられる何かを持っているからこそ
あなたは劣等感を感じるのだ。
その人を焦点にするのではなく
だから、劣等感とはギフト!
あなたの最大の
才能の在り処・輝くべき場所
だからこそ、
劣等感を感じるんですよ。
…だから、劣等感バンザイ!
劣等感よ、はよ、来い!
超えていくぜよ…!
って思ったら
いいんじゃないだろうか。
あなたが本当にやりたいことや才能は、
劣等感を持っていることこそにある。
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