親友と言っていいのかな、お互い親友だねと確認していないと、ちょっと私だけの気持ちで重いって思われないかな、とか気にしてしまう小心者ですアセアセ

でも、きっと親友ですニコニコ

 

親友が亡くなって1年が経ちました。

その時、ブログにも少し書かせて頂いたんですが、病気でした。

病気と分かってから1年と少しで亡くなってしまいましたぐすん

病気だと聞いて、気が動転する程びっくりして心配ばかりする毎日で、そのまま会ってゆっくり会話する時間もなく、たまに迷惑にならない程度にメールをする位で、お互い元気になってからゆっくり会おうと思っていたのに、亡くなってしまいました。

 

最後の最後、「今会いたいママ友は〇〇ちゃんだけだから来て貰えませんか」と旦那さんからメールが来て、病室でやっと会えました。

 

本人ももうすぐ自分が亡くなるということが分かっている状態です。

でも親友は全然取り乱したりしていなくて、私にはその心境はまだまだ理解できることも想像することもできない世界のままです。いくら想像してみてもどんな気持ちだったのか、まだ私には理解できません。

自分がもうすぐ亡くなると分かっていたら、自分はあれ程冷静にいられるだろうか、悲しいのか寂しいのか、それさえ乗り越えてしまう程それまでの過程が苦しくて、もしかして少しほっとしているのか・・・自分には全く想像ができませんでした。

 

親友はいつも通りの穏やかな雰囲気でした。

ただ、苦しそうな時があり、痛み止めの注射をして貰ったりしているうちに、意識が朦朧として、会話もたくさんはできませんでした。

 

残された貴重な時間の中、ご家族に混ざったり、ご両親が他の部屋で待機されている中、自分が親友と過ごしていて本当にいいのかとか、そんな心配をしていたのを思い出します。それ程もう最後の時間でした。

私が気を遣って、ご家族の為に部屋を出ようとしたら、親友が両手を伸ばして「行ったら嫌」という動作をしてくれて、びっくりしたのを思い出します。

 

私は会っている間は涙が止まらなくて、落ち着いて話したい事を話せる程自分も大人ではなかったようで、ドラマのように最後らしい会話もできませんでした。

ただ一言感謝を伝えるのがやっとでした。

 

最後に病室で他に会ったお友達はいないそうで、私で本当によかったのかとか、親友に何か最後もっとしてあげられることがあったんじゃないかとか、いろいろ未だに思い悩みます。でも、そう言って貰えたことは、有り難いって素直に思ってもいいんだとも言い聞かせています。

 

今でもふと思い出して、グッと涙を堪えても、目に涙が溢れてしまいます。

まだまだ過去の事にはできません。

 

あんなに優しくて穏やかで心のきれいな人には、会った事がなかったので、なぜ親友が今亡くならないといけなかったのかと悔しいです。

 

私が会いに行った時、突然元気になったそうで、ご家族の方に「今日は元気だね、すごいすごい!」と親友は言われていて、「もっといてください(笑)」なんて私も言われてしまって・・・私は自分にあまり自信がない人間なので、そんな時でも遠慮がちな自分が今思い出すと嫌です。

子供の好きなことの話で盛り上がって、ポケモンだとかアニメの話もしたんですよね、一瞬だけまるで幼稚園の帰り道に一緒に「あはは」と笑いあったような会話ができて、このまま親友が亡くなってしまうなんて嘘みたいだと思ったりしましたぐすんもっともっと話したいと思いました。この1年半で溜まっている話がたくさんあるんだよ!って。

 

あぁ、またあの楽しかった幼稚園の帰り道みたいな温かい時間を過ごしたいな。一緒に幼稚園の行事で笑ったり泣いたり、楽しかったな。

一緒にスーパー行って「今日は面倒だから惣菜買うわ~」なんて、ゆる~い会話をまたしたいです。

 

最後に話せた時、私にはとても勿体ない言葉を親友がたくさんくれたんです。

だからその言葉たちを思い出すだけでも、胸が締め付けられるように苦しくなります。

私はきちんと話せなかったのに、親友は苦しいのにしっかり話してくれました。自分は弱いなって後悔の気持ちがあります。

でも、一つ言い訳すると、ドラマみたいな最後の言葉を言ってしまうと、もう亡くなるということを認めているというか、親友が亡くなるって自分が思っていることを突き付けてしまうような気がして、失礼な気がして言えなかったんです。でも結局は最後らしい話もできずに・・・。

どうしたらよかったんだろう。

 

今生きていることが当たり前じゃないこと、子どもや家族と一緒に過ごせていることが当たり前じゃないこと、人に優しくすることを恐れなくてもいいこと、自分に素直に生きていいこと、いろいろなことを気づかせてくれた大事な親友です。

感謝の気持ちでいっぱいです。