真我実現している方と共鳴して真我を体験するという、
真我共鳴セッション(satorinさん )を受けました。
(無料体験セッションだったので軽い気持ちで受けてみました)
最初は目を開けての共鳴では特に何もなかったのですが、
それから、目をつぶっての共鳴でも最初は特に変わったことはなかったのですが、
どうしても咳が出そうなのが止められず、
「今どんな感じですか?」と訊かれて、
答えようとすると咳が出てしまい、
「浄化ですかね」と言われたとき。
胸がす~っとする感じがして、
あれ?何だろうと思ったとき、
マインド(思考)が消えていて、
自分の身体も含めて全ての物(世界)が唯在るだけ、
と言う感覚になりました。
思考が働かないので、
状態を訊かれても、
意識?しないと答えることが出来ませんでした。
(そのときは答えるのがなんだか面倒くさいな~、
このまま静寂のなかに唯々在りたいと言う想い?でした。)
そのときの自分は、
自分さえもないという感じでしたが、
今から考えると、
唯在る。
これのような気がします。
それ以外表現しようがないです。
というか表現する言葉が見つかりません。
本当にマインド(思考)が一切働かず、
唯々そこに止まっていたいと言う想いでした。
至福とか心地よいとかはなく、
何とも表現できない状態で、
周りのことが一切気にならない、
というか周りは唯在るだけで、
自分に関わりがない(この感じも少し違うのですが)と言う感じでした。
何もする気が一切起こらないというか、
マインド(思考)が働かないので、
唯在りたい。
その想いだけだったような気がします。
ラマナ・マハルシが洞窟で、
何ヶ月も身体を虫などに食われても一切かまわず、
瞑想し続けたのが分かるような気がしました。
たぶんそのようなことがあっても、
一切気にならないと思います。
(ラマナ・マハルシに比べたらほんの入り口から中を覗いた程度だと思いますが)
本当に唯在るだけで、
全てが満たされていました。
至福ではなく満たされている、
この方があの状態に近い気がします。
次のアイコンタクトをしているときには、
少しずつマインド働き出して、
何時もの状態に戻ってしまいました。
今思い出すと、
あれが、「在る(I am that)」だったんですね。
マインドが消えるから「私」が消えたのか、
「私」が消えたからマインドも消えたのかは分かりませんが、
今から振り返ると、
本当に不思議な感じです。
私が消えたので、
思考も認識も消えてしまったのに、
全てをとらえている何かがある。
それを覚醒人たちが言っている、
「在る」なんだと分かりました。
本当に唯在るだけ、
それしか在りません。
今はマインドいっぱいに戻ってしまいましたが、
その時の「在る」状態から見た気づきがあるので、
それをこれから書いていけると思います。
愛と光と感謝を込めて