時々何気ないときに、

突然とてつもなく大きな視点?から自分の状況を見ている時が在ります。

それもほんの瞬間なのですが、

視点と言うよりも、

全宇宙をも包み込んでしまうような、

そんな大きな意識のような感じです。

そして、

その状態の時は、

そこから見る自分の悩みや不安など、

今起きていること、

これから起こるカモしれないと考えていることが、

(全てマインドの思考なのですが)

全く問題ない、

何が起きても問題ない、

と確信することが出来ます。

それは至福とは少し違うと思うのですが、

平安で安心できて、

全てが収まるところに収まっていて、

完璧な状態とでも言うような感じです。

言葉にするのは難しいですね。


でも、それはほんの一瞬の出来事で、

直ぐに何時もの状態に戻ってしまいます。


あの状態が続けば、

目覚めのなのかなと思うのですが、

何時も一瞬で終わってしまいます。


あの瞬間は本当に平安で安心できます。



愛と光と感謝を込めて

真我共鳴セッションを受けるようになってから、


マインド(思考)が自分ではないと確信するようになって、


過去や未来への拘りが殆どなくなってきています。


そうするととても気持ちが楽になります。




愛と光と感謝を込めて

運転中にふとレーナード・ジェイコブソンさんの「今この瞬間に在る」を思い出し、


「今ここに在る」と意識してみたら、


何か違う感じがして、


この感覚は何だろうとあたりを見回したら、


道路沿いに植えられている街路樹が鮮明に見えて、


何とも言えないモノをその街路樹1本1本から感じました。


はっきり言葉に出来るような感ではないのですが、


それは、木々たちは私と同じだ、


意志があって感情があって生きているんだ(なにか変ですが)、


私達はみんな繋がって一つなんだ、


と言うような感じでした。


そして、まるでその1本1本の木々が私に笑いかけているような、


話しかけているような感じがして、


とても幸せな嬉しい感情が湧いてきました。




愛と光と感謝を込めて


先日ヒーラー仲間と食事を兼ねた実践会をしたのですが、


そのとき「愛」について話になりました。


愛が分からない、


愛がないと言われた、


等の話が出ました。


そのとき普段考えたことも感じたこともなかった言葉が口をついて出ました。


「全てが愛だよ。このソファーも、このコップも、このテーブルも、


あなたが愛そのものなんだよ。


あなたが愛なんだよ。」


なぜこんなコトを言ったのか、


内心そんなことを言った自分に驚いていました。


だって、そんなこと今まで一度も感じたことも考えたこともなかったからです。


まるで自分の奥の奥から発せられた言葉のように感じました。


そして、それ(全ては愛だ)にまったく疑いを持っていませんでした。


それは当たり前のこととして納得していました。


以前なら恥ずかしくていえなかったと思います。



「全ては愛だ。この世界、宇宙は愛で出来ていて、愛以外のモノはない」



と言うことを今は確信しています。




あなたが愛そのものです。






愛と感謝を込めて

「アイ・アム・ザット 私は在る ニサルガダッタ・マハラジとの対話」を久しぶりに読み始めました。


以前(去年)購入したとき3分の1ほど読んでそのまま放置していたのですが、


また最初から読み始めています。



本文の前に載っていた「探求者とは自分自身を探している人だ」という詩の一部にあった、



あなたが何なのかを知るために


あなたが何でないかを知りなさい


あなたでないものをすべて発見しなさい


身体、感情、思考、時間、空間、あれやこれや・・・・・・・・・


具象であれ、抽象であれ


あなたが知覚できるものはあなたではない


知覚する行為そのものが


あなたが知覚するものが


あなたではないことを示している




これを読んで、


自分が知覚できる物を一つづつ確認してみましta。


まず自分の外側にある物(猫、椅子、テーブル、宇宙、空間、時間などなど)、


これは知覚されるので自分ではない、


身体は、


これも知覚されるので自分ではない、


感情は、


これも知覚しないと感情があると分からないのでこれも自分ではない、


思考は、


これも今なにを思考しているか分からないと思考自体が分からないので、


自分ではない、


最後にのこるのは、


思考も含めた全てを知覚しているナニカがある・・・・・・・・・・・。


たしかにその知覚しているナニカがないと、


なにも知覚できない、


そしてそれは生まれたときから常にあるもの、


そしてそれは常に全てを見ている、


外にある物も、


内にある物も、


一つ残らず全てを観察している。


それが確かにあると感じる、


そのナニカに意識を集中すると、


なにか透明で、


境界がなく無辺で、


静かというより静寂で、


何もない空っぽな感じがする。


このナニカが・・・・・・・、



真我・・・・・・・



空・・・・・・・・・





愛と光と感謝を込めて