【2016.11.5】
『そんな日、なんて来ねぇ。』
思考の穴は、気づかないところにあるもんですね。
過去の自分はこうやっていた。
でも、
今の自分なら、こうする。
という選択の中にも、まだ穴がある。
「今に生きる。」
ということ。
過去も未来も存在しない。
僕らは、寝て起きるから、
明日が来たように錯覚するけど、
それは明日ではない。
ただ太陽が昇って、沈んでいくだけのこと。
僕らは生まれてからこれまで、
永遠の「今」を生きている。
だから、過去の自分なんてものは存在しないし、関係ない。
過去を引きずって生きること程、無駄なことはない。
過去の失敗に引きずられることも、
過去の栄光にしがみ付くことも。
過去の自分は、自分ではないのだ。
自分と、親と、周りの環境の
ごちゃ混ぜの不純物。
その存在が選択したことによる失敗や成功など、
「本当の自分」の人生ではない。
それは、人間の真理である。
全ての人間が
今この瞬間に生きることで、
今の最高を生きることで、
全てが変わる。
人は生まれてからこれまでの人生の中で、
様々なことを学び、身につける。
そのことのほとんどがいらないモノだったと気付く。
気付いたことと、捨てられたことは違う。
知ったことと、学んだことは違う。
学ぶとは、自らに落とし込まれることである。
つまり、自らの経験として
蓄積しなければ学びにはならない。
人の失敗を経験として自らに落とし込むことで、
他人から学ぶことが出来る。
学ぶことはスキルである。
スキルは、一生無くならない。
人間なんて、
なかなか変われない生き物で、一瞬で変われる生き物である。
前者は自動思考であり、
後者は行動である。
自動思考は、なかなか変わらない。
でも、行動はすぐに変えられる。
偽りでも正しいことを信じて貫けば、真に変わる。
人とは完璧な生き物ではない。
必ずしも穴があり、ネガティブがあり、
弱みや負の一面を持つ。
それを認めることだ。
そこから目をそらし、
不確定な「未来の自分」という存在に期待をして依存し、
今に不安を抱えながらも
未来に期待をし続けることで偽りの安心を手にし、
いつかはもっと素敵になれると
いつまでもいつまでも理想を追いかけ、
今を創ることを忘れてはいまいか。
そんな人間では、格があるとは言えない。
どうであっても認める。
そして、自らをコントロールする。
それは、偽りではなく真である。
人間は一人では生きていけない。
誰かを巻き込んだなら、
責任を持って生きなければならない。
つまり「今に生きる」とは、
「言ったことに責任を持つ」
こと。
それは「リスクを取ること」である。
誰かに好かれる必要なんてない。
自分の正義を貫く為には、
言ったことに責任を持つこと。
それが僕の在り方だ。
自分を安く見積もらず、
「僕自身」という在り方を心に掲げて
堂々と胸を張って、生きる。
失敗なんて物はない。
ふにゃふにゃするな。
ヘナヘナするな。
逃げるな。
ブレるな。
今を懸命に生きることは、死ぬ気で生きること。
そんな自分に恥じる在り方はするな。
砕けるのが怖くて、
当たる直前で在り方を崩すな。
どうであれ僕らには「今」しかない。
過去がどうだから未来もこうだ。
関係ない。
今を創るのは過去の自分じゃない。
今の自分だ。
今の自分に自信が持てなければ、
未来の自分に自信はない。
自信を持つとは、認めること。
認めることと、妥協することは違う。
認めるとは、
成長するためにやることだ。
それには様々な感情が伴う。
妥協とは、
逃げるためにやることだ。
それには後悔だけが伴う。
僕の在り方。
「いつかこんな日が来るといいなぁ。」
馬鹿野郎。
そんな日なんて来ねぇから
今とっととそうなれ。