一周忌を先月済ませましたが
本来の命日が近づく中
心がざわつきます

やはり受け入れられていない
じたばたは続く

ふと思いました
命日とは何故
命の日?

調べたところ
命過日が略されたという説
命過ぎ去る日
一応頷ける

仏の世界に来なさいと召された
命を受けた日という説
これも頷ける

高熱が下がらず
白血球も増えないまま
焦りを感じつつ連休を終えた頃でした
闘っていたんだな

ほとんど泊まり込みですごしたGWは
最期に共に過ごす時間を与えてくれたのかもしれない
痛くて、苦しくて、辛かっただろうけど
病室で共に過ごした時間
一生分の二人の幸せがそこにあったのかもしれない