<福島県教委>「原発の是非に触れるな」と指示 現場は混乱
毎日新聞 3月22日(木)2時31分配信
 東京電力福島第1原発事故を受け、全国に先駆けて放射線教育を実施している福島県教委が、原発事故やそれに伴う被ばくに触れない国の副読本から逸脱しないよう教員を指導していることが分かった。「原発の是非に触れるな」とも指示。学校現場では、指示通りに教えると被ばくに不安を抱く親から批判され、危険性に言及すると違う立場の親から苦情が来るといい、実情に合わない指導で混乱も生じている。放射線教育は4月から全国で始まる見通しで、同様の事態の拡大も懸念される。【井上英介】

facebookにも書いたけどやっぱり納得いかない
直接の被害者だからこそ福島県では真実を伝えなければならない
原発事故の真実、被ばくの現実を正しく教える必要がある
国の副読本は原子力行政を推進することが目的で作られた副読本あり、この本は原子力の危険や問題点について触れていませんよと正しく伝えるべき
1000年に1度の想定しなかった津波のせいで起こった事故だから、本当は安全だったんだと、今でも逃げようとしているのではないかとさえ思える
逃げようもない現実があり、避難させられた住民がいるのだから、危険に目をつぶったために起きた事故であることを国も東電も認めて、たとえ小中学生であっても、それを伝えるべき
その上で、原発の是非を考えさせるのが教育。
推進の立場で書かれた副読本を​使って、原発の是非には触れないこと、中立の立場で授業をしなさ​いというのは、文科省も、教育委員会も、根本から間違っているで​しょう。
原発の功罪を双方とも示してどう考えるべきかを考えさせ​る教育が中立という。現場の教員は混乱ではなく反発をしていると​思うのだが。

日本人の美徳がこんな時には邪魔をするのだろうか
人は道徳的に間違ったことはしてはいけない、間違ったことはしないものだと常識が植え付けられる
だから不正や過ちが発覚しそうになると、なんとか隠そうとする
とうとう見つかってしまうと、少しでも責任を逃れようとごまかせるところはごまかそうとする
訴訟社会のアメリカでは司法取引がある
罪を犯した者がせっぱ詰まると、自分からカミングアウトして明らかにすると罪を軽減してもらえるという取引をするものである
日本の、反省の態度が観られるから情状酌量するという曖昧なものではなく、はっきり取引するのである
日本人にはなじまないと思う
美徳というのではないかもしれないが、こんな日本人の感覚が、このような大事件に対してのらりくらりとらちがあかない、責任者が責任をとれない、日本人の欠点と言ってもいいのかな、日本の現状の原因になっているような気がしてならない