今日は終戦記念日だ。
歴史の中でこれほど議論された戦争はあったのだろうか?
もちろん、私は戦争を知らない。

ただ、過去の歴史の中で、
私みたいな凡人が自由に議論できる時代はなかったのだろう。
自分の意見を誰彼構わずのたまうことができる仕組みなんてなかったはず。

終戦記念日間近になると、
親のおかげで一定水準の教育を受けることができ、
ヤル気さえあれば、何でもできる時代に、
生かされている自分を痛感できるとき。

太平洋戦争で散った多くの魂のおかげだ。
国の政策に反論もできず、
意味不明な戦争にかりだされ、
誤ったリーダーの作戦に納得できないのに
従っていったと尊い命の数々の上に今がある。

環境破壊やいじめ、金まみれの政治や
その温床にあやかって生きているひと、
理解できない民族を
力でねじ伏せようとする大国の施策。
戦争のなくならない世の中、
間違いだらけの現在だけど・・・。

それでも
過去の歴史に学んでみると
今は捨てた時代ではない。

過去の過ちに目を向けないことこそ、
罪深く、過去の祖先に対する無礼であろう。
人間は自分も含めて同じ過ちを犯す愚かな動物である。

同じ過ちを犯す最大の原因は、
過ちを犯した原因を探さず、事実から目をそむけること。
どうして過ちが起きたのか、
原因を突き止めることで、再発防止ができる。
そして、再発防止策を実行することで
はじめて、犠牲になった尊い命に報いることが出来るはず。

こんな凡人一人一人が歴史から学び、
いまの平和に感謝して、健康でいられる
小さな幸せを見つけられたら、
そして、一人では生きていけない弱い自分を知り
育った環境の違うひとたちを、
考えの違うひとたちに興味を持ち、
受け入れることができたら、
同じ過ちは犯せないはずです。

こんなときだけ、
戦争について語る私はどうなのか?
こんなときだけでも学ぼうとすることは間違いだろうか?

愚かな人間にも、希望はある。
学ぶことだ。
学生の頃は勉強の嫌いな私が言うと
説得力がないが、
今は学ぶことがとてつもなく楽しい。
知らないことを知ろうとする知欲は人間がもつ欲のなかでも
貴重な欲の一つ。

戦争は知らなくても、
戦争のあった昭和に生まれた私、
自分に何ができるだろう?

自分にできることを精一杯しよう。
また来年も元気でいれたら学ぶことができるはず。

そのためにも、マラソンを続けていこう!
アントニオ猪木も言ってます。
元気があれば何でも出来る・・・と。

僕らのために散っていった戦没者に感謝して、
癒されてばかりいないで、
そろそろ元気になってみませんか?