コーチのブログ

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私が、いや私達が体験した話になります。

時代背景もあるので祖父母の代からを少し説明してから書こうと思います。

大東亜戦争時代に祖父は徴兵され満州へと行きました。終戦に捕虜となり極寒の地シベリアで過酷な労働を課せられました。粗末な食事、朝目覚めると隣で寝ていた仲間が亡くなっていたこと。墓を掘るけど永久凍土でなかなか掘れなかったこと。極度の栄養失調で体を壊し命からがら日本に戻ってきたこと。

嫁いだばかりの若い母に酒に酔った祖父がそんな話を時々にしてくれたのだそうです。

祖父が帰国し長期の入院をしていた時に祖母はリアカーを引いて野菜の行商し朝から晩まで休み無く働いていたそうです。我が子を祖母の実家や義妹に預けてとにかく働いたそうです。ようやく祖父が退院し故郷の一角の借地で八百屋を始めました。

戦後で食べる事すらままならない時代です。財を成して事業を拡大していきました。酒や煙草、塩等の専売品も取り扱い、当時は珍しかったバナナが自由化され祖父は店舗に地下保管場所を作りました。まだまだそのようなものを保管する冷蔵庫等が無かった時代です。

私が小学生の頃に「レジの下にあるこの地下なんであるの?」と父に聞いたら「お父さんが学生の頃に爺ちゃんがバナナや野菜を保管するためにつくったんだ」と教えてくれました。私が小学生の頃は入荷して出た段ボールをその地下に投げ捨てて溜まったら業者が回収に来ていました。

地下は湿気もあるのか黴臭いというか独特の臭いがする場所でした。ただ投げ捨てられた大量の段ボールがありますから、ファミコンすら無かった小学生時代は蓋を開けて近所の友達と秘密基地を作ったりと遊び場所の1つとなってました。

小学四、五年生の頃だったと思います。

当時は(あなたの知らない世界)やユリ・ゲラー等のホラーや超能力ブームになった時代です。

学校では時々にこっくりさんも放課後にやっていたりと、これも娯楽の1つだったのかと思います。


こっくりさんは呼ばれれば参加してたのですが実はこれを信じていませんでした。動く硬貨は誰かが動かしているのだと思っていました。

その日は地下で遊ぼうと近所の仲間達と話になり地下で段ボールを使って遊んでいました。

ある友が「こっくりさんやろうぜ」と言葉を発したのでこっくりさんをやる事にしたのです。広告の裏面に⛩️や(はい)や(いいえ)あいうえおを書いていき、数人でそれを囲んで十円玉に皆が人差し指を付けました。

順番に質問をしていきます。十円玉はその都度ゆっくりと動いています。

それを見ていた私は「誰かが動かしてるんだ」と指を離しました。それを見ていた友人達もシラケたのか全員が指を離したのです。

そうしたら誰も触っていない十円玉がクルクルと動き回っていたのです。


それを見た私や友人達は怖くなりその地下から逃げ出しました。その後は一切地下で遊ぶ事も無くなりました。

私に霊障や何かあったとか、友人達に何かあったとかはありませんでした。


その後父は八百屋から酒屋にする為に私が中学生の頃に自宅兼店舗だった建物を壊し地下を埋め新しい店を建てました。


この後キューピットさんが流行ったりしましたが、あれ以来私はそのようなものには参加しないようにしました。


私が体験した話になります。

長々と失礼しました。