友達の家から帰った後そのまま実家へ帰り、暗くなる前にと早目の夕食をとりました。


この日の夕食はお店のみんなで分けたナン・トマトソース・スイートコーン缶を利用して、家に冷凍保存してあったチーズをかけて卓上コンロで焼いたナンピザを家族で1枚でした。


そしてデザートには、これもお店で分けたケーキを。



たった1枚を4人で分け合うには小さすぎましたが


『うちは贅沢だねぇ…
こんな時にイタリアンにデザートまでビックリマーク食べれることに感謝しないとね』


と食べれることの喜びを心から感じました。



夕食の後は、またロウソクの明かりの下で団欒のひと時。


日中に父が電池を探し出し、ようやくラジオを聞くことができました。



そしてラジオから聞こえてくる情報に家族みんながハッとしました。


次から次に伝えられる被害状況…。


もう言葉になりません。



テレビでこの地震後の状況を見たわけでもなく、何もわからないまま一日を過ごし、ラジオという言葉を通してやっと入った情報ですが


情報がなかったことがどれだけ恐ろしいことかを初めて感じました。



この晩も私と母はラジオを聞きながらリビングで一夜を過ごしましたが、一向に入ってこない母の実家の塩釜の情報。



『あれだけ海が近くて、これだけ被害が大きいのだから何もないわけがない…。』



でも津波に対する恐怖をチリ地震津波で味わっているからきっと避難しているから大丈夫!!


そう信じるしかありませんでした。



そしてなかなか寝付けなかった私は、充電が切れた携帯を手に

『早く私も友達に無事を知らせたい…』と何度も思い涙しながら、いつの間にか眠っていました。




目を覚ましたのはまた明け方5時を回る頃でした。