こんばんは。

 

1月30日、孫が生まれました。

予定日が2月1日でしたので、ほぼ予定通りでした。

2900グラム越えの元気な女の子です。

 

(息子が送ってきた写真)

 

30日の朝に病院へ行ったまま息子は帰ってきていないので、まだパパになった顔を見てないけれど、絶対にしないと言っていた立ち会い出産をしたそうです。

 

出産の翌日の31日に夫と二人でお嫁さんと赤ちゃんのお見舞いに行きました。

母子同室の病院なので、ベッドの上で赤ちゃんを抱っこしているお嫁さんと談笑してきました。

 

(病室にて。お嫁さんが抱っこしてます)

 

 

ちっちゃい〜〜。

そして、本当に可愛い。

我が子たちの出産の時のことを今でも鮮明に覚えているのに、その我が子がパパになったなんて....

感慨深いです。とても。

 

そして、赤ちゃんの匂い。

 

そうそう、この匂い!っていう匂い!

 

ミルクの甘い香りと新生児独特の汚れのない匂い。

我が子たちの匂いをクンクンするのが大好きだったなぁ。

 

私の人差し指をぎゅっと握る小さな手。

昨日までお腹の中にいたのに、なんだか目の前にいるのが信じられない。

 

こんにちは。私がばあばですよ。

 

 

自分のことを「ばあば」と呼ぶのにはまだ嘘くさいというか(笑)「ばあば」になれてない自分がいます。

言葉を覚えて孫が私を呼んでくれるようになったら実感するんでしょうかね。

 

つい数日前まではお腹が大きかったお嫁さん。

赤ちゃんを産んで「お母さん」になっていました。

なんだかね、出産という大仕事を終えたお嫁さんをとても愛おしく感じましたよ。

 

病院を出た後に息子とLINEでやり取りをしたのですが、

2度と立ち会い出産はしたくないと書いていました。

「非常に大変でした」と、いつもは使わない調子で書いてきたので、よっぽどだったのでしょうね。

 

息子「だけど、命の素晴らしさを実感する最高の機会でもあった」

私「君もその大切な命の一つだよ」

息子「改めて感謝だわ」

 

こんな感じでやり取りをした後、命が繋がっていく瞬間に生きていられたことがとてもとてもありがたくて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

これからどんなふうに生活が変わっていくか、全くわかりません。

ともすれば、私の人生が揺さぶられることもあるかもしれません。

何かを犠牲にすることや諦めたりすることがあるかもしれないし、この出産を機会にいよいよ親子の関わり方が変わることも考えられます。

 

赤ちゃんが生まれるまで、ずっとずーっと思ってきたこと。

それは、どんなふうに物事が動いても自分の意にそぐわないことはしないようにしようということ。

 

犠牲とか失うとかっていう言葉はネガティブです。でも、「犠牲になる」「損をする」「何かを被る」という結果がわかっていても、それを自分が他人への忖度も配慮も体裁も抜きにして自分の本心で選んだとしたら、その瞬間から「我慢を強いられている」ような気持ちで生きたくはないなぁと思っています。

 

人に振り回されるでもなく、人を振り回すわけでもない。

自分という軸がちゃんとあって、たとえブレても元の位置にススっと戻れるような、そんな柔軟な構えでいたい。

 

ブレブレの今だからこそ、そんな理想の自分を描いてます。

 

そうそう、赤ちゃんの名前はお嫁さんが考えて決めたようです。

ブログでは実名は出せないので、ここだけの名前を考えてみようかな^^

DAIGO風に「MG(孫)」とか??

「うちのMGが」〜っていう記事が増えていきそうな予感です。

 

ひとまず母子ともに元気な様子に一安心です。

ご報告でした。