こんにちは。

 

毎日たくさんのニュースが耳に入ってきますね。

ほのぼのしたニュースよりも心が痛くなるニュースの方が多く、そんなニュースを耳にするたびにいろいろなことを考えさせられています。

 

私はスターウォーズという映画のシリーズが大好きです。

エピソードシリーズが始まる前まで(どうしてダースベーダーがあのようになったか知るまでは)、ダースベーダーをただの悪者だと思って見ていました。

 

しかし、なぜ彼が暗黒面に身を包むようになってしまったかのエピソードを知った時、こう思いました。

 

悪にならざるを得なかった理由があった。

それは、紛れもなく彼が信じる愛を守るためだった。

つまり、悪の中に彼なりの正義があったのだ、と。

 

単純な私はダースベーダーの心の闇にある愛を見てから、悪いことをした人の中にある「愛」というか「光」の部分というか、なぜ、そうしたのか、そうなったのかを深く考えるようになりました。

 

極端な言葉を使わせてもらうと、

『悪の中にも正義がある』

『悪にならざるを得なかった理由がある』と思うようになったんですね。

 

でも.....

 

最近はその逆を思うようになりました。

 

 

 

『正義の中にこそ悪があるのでは』と。

 

自分の「正義」は信念となり、生きる指針となり、強さに繋がっていくけれど、

信じるあまりに、他人の正義を「悪」にしてしまうこともあります。

正しいと思うからこそ、

”こういう理由があるから〇〇した”というように、行い全てを正当化します。

 

正義って何?

悪って何?

 

政治もそう、人間関係もそう、宗教もそう。

 

正義、正義と満を辞して拳をあげているとき、その正義に賛同してくれる人がいるとき、自分の中の正義は揺るぎないものになる。

 

でも......

 

 

正義も悪も、表裏一体。

立場によって正義は悪に、悪は正義になる。

歴史を見てもそう。

英雄と言われた人は、違う側面から見たらただの人殺し。

偉業を残したことばかりがフューチャーされるけど、偉業を成し遂げるために払われた犠牲にはあまり触れない。

 

だから.....

 

自分が正しいと思ったことを強く信じて、ただそれを貫こうとしているときほど、もしかしたら、誰かを深く傷つけることになるのかもしれない。

 

自分の気持ちに素直になること、自分ファーストになること、そんなことを心がけていこうと思っているけれど、それをどこか強行できないのって、そんな罪悪感と戦っているからなのかもしれない。

 

このまま戦っていたら、私が望む、本当の生き方はできないかもしれないけど、それが、先日書いた「選択する幸せ」と「しない幸せ」の話につながって.....

 

スパイラルだ。

 

別に正義のヒーローになりたいわけじゃない。

でも、正義のヒーローでありたいと思ってた。

現実と理想は違う。

私の正義が誰かの悪(不幸)になることを知っておかなくちゃいけない。

 

正義にこだわりすぎてる自分がいる。

それ自体が、もしかしたら悪なのかもしれないね。

 

まとまりのないつぶやきでした。