こんばんは。
大切にしたい人を幸せにしたいっていう思いと、
その人が幸せを感じてくれることっていうのは、どうして一致しないんだろう![]()
そうだね。
それは、その人と私は違うからだね![]()
たとえば、それが我が子であったとしても、
私と子供は別人だもんね。
どうして?
あんなに言ってきたはずなのに。
どうして?
私は〇〇だと思うのに。
我が子の言動にハテナがつくことがいっぱい。
思えば、いつも自分の価値観と比べてばかり。
私が教えてあげられることは、私が経験したことと私が情報として知っていることだけ。
その中で、この、狭い家庭環境の中で、良くない頭をフル回転させながら、
必死に、親としてできる限りのことをしてきたつもり。
だけど、ことごとく、私が望んだような結果にはならなくて、
だから、ことごとく、私は自分の親としての質を問い続けてきたの。
歳を重ねていくことで親の言っていたことが理解できたことはたくさんありますから、
伝えておかねばならないと思ったことは、これからも子供たちに伝えていくと思います。
そうですね。
何を言おうが願おうが、
今までもこれからも、子供たちが自分で選んで行く人生![]()
私は、伝えていくだけでいいのでしょうね。
そこに何の反応が返ってこないとしても。
信用していないから余計な心配をしてしまうのであって、
もっと我が子を信用して見守りましょう、という言われ方もされますが、
我が子を信用していないどころか、私は、自分の子育てそのものを信用できなくなっている部分がありました。
さらに、
「あんなに厳しく育てなきゃ良かった」
「もっと、好きなようにさせてあげたら良かった」
こんなふうに、やけっぱちakikoが登場![]()
此の期に及んでもちっとも我が子と向き合っていないんだな...と自己嫌悪に陥りそうになったけど、
ちょっと待てよ、と。
おい、akiko、
自分を大事にしますって言って、大事にしてるかい?
目標に向かって頑張りますって言って、目標達成まで頑張ったかい?
自分と交わした約束を、ちゃんと守っているかい?
だめじゃーん!
子供にダメ出しできる立場じゃないぞーーーー![]()
そんなふうに考えていたら、
さっきまで我が子を嘆いたり、自己嫌悪に陥っていた自分がアホらしくなりました。
私の親が描いていた私の幸せと、
私が選んだ私の幸せの形は違っていました。
本人の苦悩は本人にか分からないのと同じで、
子供の幸せは子供自身が選んで感じていくもの。
親が「こうなってほしい」と願ったところで、子供が幸せになるとは限らないんですよねぇ![]()
自分の経験から考え方を押し付けがちになってしまうけれど、
私が思う、こうなってくれたらと願う子供の幸せの形と、
子供たちが思い描く、そして、いずれ手にする幸せは違ってていいし、違うのがほとんどかもしれません。
子離れしなくちゃ。
親離れさせなくちゃ。
こんな思いに強迫されていた部分があるけれど、
タイミングがあるよね、きっとどこかに。
大切な人を大切にするってさ、
難しいね。
幸せになってと願う気持ちが相手の幸せを妨げてるとしたらさ、
切ないよね。
けど、大切な人に幸せになってほしいと願うなら、
難しいとか切ないとかって思うのは、きっと、違うんだよね。
