こんにちは。

 

今年の節分(豆まき)は夫婦二人でちっちゃくやりました。

去年まではルールに従って恵方巻きを食べ、家族3人で豆まきをしてたのに...

私はイベントが好きなので、子供がいなくなっても夫とイベントは続けて行くつもりですが、

子供がイベントに関心を持たなくなったり、家を出ていなくなるとイベントの楽しみは半減するものですねぇぐすん

 

 

昨晩のことです。

夫と遅い夕食をとっていたときに、

恵方巻きが大量に廃棄されている話や、

そもそも我々には恵方巻きを食べる習慣はなかったよねという話になり、

来年はあえて恵方巻きを買うことはしない、という結論に至りました。

(純粋に太巻きが食べたかったら買えばいいじゃん?ってこと)

 

「子供も一緒に食べないしね。用意しててもなんだかなぁって感じだしね。」

 

息子は家にいても昼夜逆転に近い生活をしているため、最近は食事を一緒にとる機会が減りました。

季節のイベントは家族で音譜というのが当たり前だったので、一緒に暮らしている息子とイベントができなかったことが寂しかったなぁという私の正直な思いから溢れた言葉でした。

 

普通に「そうだね」って言って(同調して)もらって、流れて行くはずの会話だったんです。

そしたら、思いがけずこんな言葉が夫から返ってきました。

 

「いつまでも息子を子供だと思ってるからそう思うんだよむかっ

 

ズキューーーーーン!!

 

夫の言葉は自分でも驚いてしまうくらいに突き刺さりました。

涙がジワリと湧いてきてしまったほどしょぼん

 

「そうだね....あせる

 

この一言を返すので精一杯でした。

認めざるを得ません。

そうなんです。

わかってます。

息子は年齢的に子供ではありません。

だから、事故後から彼に対してあれこれ言うのはやめてきたはず。

どんなリスタートを切るか、彼の生き方を見守ろうって思ってきたはず。

成人した大人として。

 

 

 

甘やかせ過ぎだ、放っておけ、うちにはもう子供はいない

 

こんな風になんども夫に言われてきました。

わかってるんです。

私が思うほど息子だって私を必要としてないってことも。

私が気にかければかけるほど、息子の自立を妨げる要素になるってことも。

 

 

子育てが早く終わればいいのにって思ってきたのに。

自由に好きなことをして飛び回りたいと思っていたのに。

20年以上もお母さんをやっていると、お母さんでいる私から抜け出せない。

 

私は

『こんな人生を送りたい』

『こんなふうに生きたい』

という願望とは裏腹に、お母さん以外になる自分を心から許可していないんだと気づきました。

 

お母さんってだけじゃない。

ずっと、良い妻でいようと頑張ってきた自分も捨てられないでいます。

嘘でしょ?って愕然としちゃうくらい、私は自分の人生を見失っていた気がしました。

 

私は自分の人生を生きてない ....

自分の人格を捨ててきた気さえします。

親として妻として嫁として「こうであるべき」という型を20年以上かけて作ってきたから、その仕組みの枠組みを取っ払うことが容易ではありません。

 

結婚って、親になるって、自分を捨てて生きること??

違いますよね??

 

正直、結構うろたえています。

 

私の子育てはもう終わったの!?

子供の誕生日がお母さんになった日だとしたら、お母さんを卒業する日っていつはてなマークはてなマーク

それを我が子の20歳の成人式に設定しておけばよかったはてなマークはてなマーク

 

 

 

こんなはずじゃなかったの。

子育てがひと段落したら、自由に好きなことをしようって、ずっとずっとずーーーっと思ってきたの。

 

なのに、

家族4人が暮らしていた頃には感じられなかった幸せを、皮肉にも、いま、強烈に感じています。

面倒臭いこと、たくさんあったのに。

 

今の私、描いていたキラキラキラキラキラキラアラフィフライフを全く送れてない。

 

チーン自立して家を出た娘が心配だし、いつも会いたいって思ってる。

チーン息子は事故をしてから外出をしなくなって、昼夜逆転のような生活をしていてこの先が不安。

チーン夫は仕事のことでいつも頭がいっぱい。

 

 

イライラしたり悲観的になったり、何にもやる気が起きなかったり....

ものすごい孤独感。

自分の中に何人もの自分がいます。

 

 

更年期かなーーショック