私の直したい性格の1つに

自信があっても自信のないふりをする癖

があります。
これ、表立ってカミングアウトしたくない話。
だって、いさぎよくないし、ずるい気がして。
でも、そんな自分を認めたことで、
気がついた(思い出した)ことがありました。
それは、

幼稚園児だった時のトラウマが今の自分の性格に大きな影響を与えていた

ということです。
今日はこの話をさせてください。

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幼稚園の頃、お遊戯会でやる劇の練習をしていた時のことです。
その日、主役の子がお休みをしました。
先生が「誰か主役をやってくれないかな」と言ったので、
私は迷わず代役を名乗り出ました。
ちょい役の私は主役をやりたかったんです。
自分のセリフは完璧、他の子のセリフまで覚えていたから、絶対の自信がありました。

「じゃあお願いね」という感じで練習がスタート。
そしたら、いつもなら全員のセリフが頭に入っていたのに、真っ白になってしまって。
「えーっと、えーっと」みたいな感じになっちゃって。

「なんだ、だめじゃん」


ガッカリな態度でそんなようなことを先生に言われ、
惨めさと恥ずかしさでそこから逃げ出したくなりました。
人生初の挫折感を味わった思い出です。

多分、それが今の自分の性質を決める1つになったのかもしれないなぁと思います。

自信があってもないふりをする癖


「できない」「自信がない」と言っておけばできた時に賞賛をもらえるけれど、
「できる」「自信がある」と言って失敗したら信用を失う、恥ずかしい思いをする、笑われる、という公式が頭の中にできちゃったのね。
期待を裏切るっていうのは良い意味でも悪い意味でも使われるけど、
私は後者の方をガツンと経験しちゃったわけです。

謙遜をすることが悪いわけじゃないんですよ。
自信がないって思うことも悪いわけじゃないです。
何が悪いって、できることをしようとしないことなんです。
当たり前にできちゃう、絶対に失敗しないだろうと思うことにだって
「できるかなぁ」って保険をかけちゃうんです。

やりたいこと、やってみたいことを大事にせずに、他人からの評価をことごとく恐れてる。



いつも成功したいと思ってて、いつも褒められたいと思ってて、
とにかく期待を裏切らないように、いや、結局は自分が傷つかないようにしていたんです。
二度とあんな思いはしたくないって。

いろいろな場面で、主役じゃなくて脇役になることを私は選んできた気がします。


幼稚園生だったから、3歳〜5歳の間ですよ。
その時の出来事が45歳の私の生き方をここまで左右していたとは!
(もちろん、他にも原因はあって、その積重ねが今に至ると思いますが)

幼稚園生だった私へ。
主役の代役を買って出たあなたはかっこ良かったよーー!
自分の人生ではいつも主役なんだから、もう誰の代役にもならなくっていいんだよーー!
だから、何をやってもいいんだよーー!

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トラウマを上書き。

やりたいことをやろう。