この年は8月初旬が亭主の公休日に当たっていた。すでに恒例となっている小旅行と山登りを考えねばならないときが来た。予算に限りがあるのは毎度のことだが、少々遠出をしたいものである。いとしの息子が「去年修学旅行で行ったハウステンボスへまた行きたい!」可愛い末息子が言った「○君も行ったんだって、☆ちゃんも行くって言った」長崎かーーー亭主がうなった。亭主は○○ランドとか、☆☆アミューズメントとかは興味はまったくないほうで、山へ行くぞーとか、海で泳ごうというタイプだった。しかも夏休みとあっては宿泊先が簡単に見つからないだろうという懸念もあって躊躇していた。しかし!山登りの経験上、テントさえ持っていれば泊る所が見つからなくても何とかなる、よし、行くか!!ということになった。大義名分はあとから何とでも唱えられるのが我が家流。Ⅰ長崎にて平和学習(公休日が8月6日をはさんでいたこと)Ⅱ長崎観光の勉強(亭主のタクシードライバーとしての自主研修)Ⅲ亭主が中学の修学旅行で感激したという西海橋を見よう(ただの思い出)メインは子供達の希望をきいてハウステンボス、親共の意向で長崎平和公園ということで、柱は出来た。問題はハウステンボスと長崎間に泊る所が必要ということが判明。「出来れば国民宿舎で長崎よりの宿を探せ!」亭主はまたもや息子に宿探しをいいつけた。仁摩町への民宿へたどりついた実績で、息子は待ってましたとばかりに5㍍コードの電話を自分の机に引っ張ってきて『旅行事務所』にした。ところがすでに夏休みも始まって盆前の日程とあっては宿探しは難航している様子だった。しかも子供の声(中学生になっているが中途半端な声変わり)で取り合ってくれないところもある。やっとのことで『国見山荘』に決定。国見といえば、サッカー、平山君・・・といまや認知度は高いが当時我々のなかの国見は認識外のところだった。まあ、住所がわかれば地図を頼りに行けるさ、くらいのノリだった。いつもそうであるように、亭主は日の高いうちから食事を済ませて、先ず寝る。寝ている間に、台所付近の片付け、洗濯、戸締り確認、この度は宿泊ありということで、荷物の点検を済ませた後車に積み込む。・・・そろそろお父さんに起きてもらおうか。と私が言うと、いつもなら静かにしずかに階段を上がっていく息子たちが、一目散にバタバタバターとかけ上がって「お父さん、仕度が出来たよ!」と父親を揺り起こす。よっしゃー!夜逃げ同然に出発。一路長崎へ・・・申し訳ないが、昼間の疲れが出た私は車中で爆睡。気が付いたら、コンビニの前。「あそこがゲートだ。開門まで時間がある。朝ごはんを仕入れて来い」アララー、寝ている間に着いちゃったのか・・・車の中で豪華な?朝食を済ませてチケット売り場に並ぶ。咸臨丸のセーリング体験、バグパイプオルガンのおじさん、アトラクション、福引の親分みたいな手回しのオルゴールを回してご満悦な時間を過ごして国見へ・・・異国情緒溢れる一日を過ごしたあとの山道、行けども行けどもっていうか分け入っても分け入ってもの心境で長い時間かけてやっと見えてきたきょうのお宿。汗が流せて、用意された食事を頂いて・・・主婦としては「なんと山奥へ来たもんだ」というより据え膳上げ膳のありがたさかな。爽やかな朝を迎えた。その日は8月6日、本来ならヒロシマで迎えるべき日であったが長崎でその日を迎えた。平和公園は階段を登ると「平和の泉」がある。石碑に・・・・・どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま飲みました -ある少女の手記からとあり、焼け爛れた身体を引きずりながら水を求めて川へ川へとたどったヒロシマが思われてならなかった。私は中学の修学旅行以来の平和記念像だったが、かつてより重々しく、訴えてくる声が鮮明に聞こえるような気がしてしばらくは動かなかった。上に差した右手は原爆の脅威、水平にのばした左手は平和、閉じたまぶたは犠牲者の冥福を祈る姿として恒久平和の願いを込めたものだそうだ。いつか将来、息子たちが自分の子供を連れてヒロシマの原爆公園を訪れる時、長崎も忘れないでいて欲しいと、今だからこそ思う。これから先は市内の定期観光バスに乗った。ガイドさんの案内に従い窓の外を右に左にと眺めつつ坂道を登り下りした。ガイドさんが♪こよなく晴れた青空を かなしと思う切なさを・・・・ああ長崎 長崎の鐘がなる・・・と美声を聞かせてくれた。昔、なつメロでよく聴いた歌だったが改めて聴くとなんともせつない。長崎を出てから熊本へ行きたかったが、台風接近で断念。長崎ちゃんぽんを堪能して、長い時間をかけて我が家へ帰ってきた。荷物を整理しながら、亭主はビデオを再生し始めた。過ぎた時間を懐かしむように見ていると、観光バスのガイドさんの歌が始まった。♪こよなくはれたあおぞらに・・・・・・おとうさん、もう遅いんだから音を小さくして!次の朝、近所のばあちゃんが「長崎の鐘がきこえとったね、ありゃあ『長崎の鐘』をうたっとるって言うたことよ」・・・・ああ、ごめんなさい。遅くににぎやかしてしまって、すみません!「長崎へ行ったの?」「どこへ泊った?」・・・・国見「国見ーーーー!あんな山ン中へ行ったとね!」このばあちゃん、九州出身だった。ばあちゃんのひと言で余計に思い出深い長崎になった。 ☆澄み渡る星空のもと縁者焼く 焔むらむらと怨念ただよふ学舎の焼跡に拾ふは汝が骨か 鬼となりても帰り来よ妹思念(おもひね)のかなひて長崎の旅に出で平和の像に深くぬかづく 吉本幸子歌集 『あの夏から』より今年も夏が来る。楽しかった思い出とともに、子等に伝えるべきは何かと自問してみる。ではまたね
亭主にするなら タクシードライバー!
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