自信がないってのは

“努力が足りてない”

って事ですね。

と言うか、

“努力が足りてない事を自分自身の心が認めてる”

その証拠です。

“歩く”や“ものをつかむ”に自信の無さを感じますか?。

呼吸をするかのように出来るはずです。

呼吸するかの様に歩行出来るのは、日々修練を続けてるからです。

怪我や病気で1ヶ月寝たきりになっただけでも、最初の一歩を踏み出すのは

“(?ω?;)ん?”

ってなります。

ここで歩くのを諦める人は、脛椎や脊椎損傷なんてしてなくても、ほんとに歩けなくなります。

“そんな馬鹿な!?”って思う人も居るかも知れません。

経験してみると判るんですが、足を地面に付けるだけでもかなり痛くて苦しくなります。

ホントにクララみたいに諦める人が結構居るんですよ。


“意地でも歩く!”って思うか、“もういいか…”って諦めるか…は、本人次第。


それらと同じ様に、
な~んにも考えなくても、よそ見して他の人と無駄話してても、それでも出来るまで反復演練すれば良いのです。



“そんなの無理に決まってるじゃん”

って言ったそこの君!、
それは、自信が無いんじゃ無くて、

“やる気が無い”

っつーんだよ!


人が、“自信がない”という言葉を使うときは、

“やりたくないと言う思いの裏返し”

って事がほとんどです。

人と同じ努力で出来ないのなら、人の三倍努力すれば良いだけです。

どんな凡人でも、いわゆる無能と呼ばれる人であっても、人の30倍努力すればプロフェッショナルになれます。


“それでも無理だよ”

って言えるのは、寝食を忘れ修練して、倒れて力尽きて死んだ人だけです。

倒れただけで死んでないなら、
起き上がってまた演練を始めれば良いのです。


生活の空き時間すべてを演練に注ぎ込んで、

2018年に開催されたマジックの世界大会で3位になった魔術師さんが居ます。

その大会用の道具の製作注文の打合せにウチに来てました。

その間中、彼の手は演練し続けてました。

何も考えてない時はむしろ、体が勝手に手品の練習するように出来上がってる訳です。

そうすると、もう自信が“有る”とか“無い”とは別の次元に行ける訳ですよ。

緊張してようが、疲れてヘトヘトになってようが、体が勝手に動いてくれるのです。

あとは、元気で体調が良いと、技のキレや美しさがより良くなるだけですね。



さて、具体的な努力の仕方ですが…、

必要以上に高い難易度のものをなんとかでも良いので出来るようになれば、それ以下の難易度の物はなんなくこなせる様になります。

分数出来るようになった子が、いまさら足算や引き算を悩むことが無くなる様に。(*´∀`*){すごく大きな命題を解くことは、小さな問題を沢山解く事に他ならないんで。


僕が中学生の数学の家庭教師するときは、まず、
一元二次方程式の公式解の導き方を丸暗記させます。

講義の前に紙に1回書かせるだけ。

意味が判んなくても子供の脳ミソはすぐ覚えます。

暗記したら、今教えている部分に照らし合わせて解説を始めます。

“今習っている事を使うと、ここの部分が解けるんだよ~”

って言うと、今やっていることの将来性を見出だして、反復演練に対して拒絶反応が減ります。

“更に先のこの部分はどうやって解くの?”

と、数学に好奇心を抱く子すら現れます。

そうなるまで、無駄に思える反復演練を繰り返すのです。

何回も何十回も何百回でも足りないなら何千回と!。
(勉強全般の関して言うなら、数式をはしょって計算する癖を矯正する目的もあります。これは要望があればまた別の機会にでも説明します。)


実際、大人も同じで、
一見無駄な遠回りしてる様でも、
反復演練の間にやってることの意義を見いだせたり、
新しい発見が有ったりします。


大人になって頭固くなってるなら、いっそ突き抜けて頑固を押し通したら良いのです。d(*^口^*){一点突破で見つけた真理は、案外、世界全体に通じる真理だったりします。“天網恢恢粗にして失わず”ですよ。

二次の微分方程式みたいなもんですね。p(`∀´!!){ニュートン運動の第二法則っすよ!。
(物理学、制御工学、電気工学等々の工学だけでなく、経済学、心理学、etosetoraetosetora…に使われる世界の理を見つけ出すための函数式。)


後は、やるか?やらないか?ですね。

自信が欲しい人は、今すぐ修練を開始すべきです。

今、なんとか出来ている事でも、より美しくより完璧に出来るように!。p(`口´!)




ってことで今年も、のらりくらり生きたいと思います。(*´∀`*){別に、月影は自信なんか無くても楽しく生きれるので。