月影は、虐めや差別や虐待が悪い事と思っていません。

更に言うなら殺人や戦争だって何が悪いのか解りません。

生物に備わった本能と能力で、
何故してはならないのかを知りもしないで頭から“駄目!”って言う人の心理状態がよく解りません。


駄目なのではなくて“自分がされたくない”の間違いです。

説明をはしょって頭ごなしに駄目って言っても、本能に従うに決まってます。

そこは、常に細かく口にすべきです。


大体、差別するのは悪い事だ!って言う時点で差別する人を差別しています。

“差別じゃなくて区別だ”

ってバカな屁理屈で言い訳する人も居ますが、区別も差別と何ら変わりないのです。

正と誤を決めるから、
好きと嫌いを決めるから、
生まれる区別も差別も違いはないのです。

“自分が正当な理由を有しているからこの分別は区別だ”

とのたまう人も居ます。

しかし、文化における正当は文化が分化した時点で不当になり差別が生まれ、文明が分化した時点で戦争が生まれます。

どれも、自分が自分として生き残る為の手段としてはとても重要です。


ぶっちゃけ、このブログに反論は勿論、誹謗中傷を少しでも思い付いた人は、上記に書いた事を正当と認める事になります。

そのくらい、自分にとって正当と思って居た事は、アヤフヤな足場の上に立った非論理的な…普遍にはほど遠い…モノなのです。


勿論、月影自身、上記した事が正しいとは思わないし率先して行うつもりもないですが、

“正しくないものが、誤りと同じものではない”

と、出来れば多くの人に考えてもらいたいものだと思います。

一人テロリストを拷問して3000人が救われるなら、それに何か問題が有るのでしょうか?。

逆に月影がテロリストになった場合で、
拷問される状況になった時、その任務に忠実な執行官に対して憎悪も抱けないかもしれません。



実は、正義ってそんな曖昧で多くの異なる主観の上に成り立ったモノなのですょ。(´∀`)

どこの国の誰もが、“自分は正しいことをしている”と疑わなければ、第三次世界対戦勃発の日も近いかもしれません。(´ω`){安寧の上に成り立った日本の平和は子豚が作るワラの家並みに吹き飛ばされてしまいますよ。


重要なのは、しない事ではなく、されても負けない心を育む事ではないかと月影は考えます。