皆さんは阿Q正伝をご存知でしょうか。
この本は中国の大作家魯迅が書いた阿Qというひとりの人間の人生を描いた物語です。

普通物語の主人公というものは、何かしらの天才性なり勇気なり人格の良さなり、
なにかしら輝くものがありますが阿Qにはそれがありません。

彼は家柄も悪く、力も弱く、愚かで人にも好かれない
まさに何のとりえもない人間です。
とりえがないどころかマイナスだらけです。

そんなマイナスだらけの彼は、
他の人間に痛い目に会わされたり迫害されたりしても、
「あのような低レベルな子供相手にしていられない」
「大人は子供が少し暴れても相手にしないものだ」
などの負け惜しみを堂々と言い放ちます。

そんな彼を見てどうしようもない人間だと、
そう思う人が多いでしょう。
けど、それは本当にそうでしょうか。
私はそうは思いません。

例えばこの物語で彼は他の人間に痛い目に会わされても
事実を上手く捻じ曲げて大したことではないと思い込みます。
これは自分が情けなく無力な人間であることを
認めないための現実逃避に過ぎません。
しかし、彼は現実逃避をする事で
自分を痛い目に合わせる理不尽な現実と戦っているのです。

人間と言うものは理不尽なものにすぐに屈してしまう弱いものです。
世の中そういうものだからしょうがないと、
みんな我慢しているからと、
人間はそういって理不尽や悪にやすやすと屈してしまう弱い生き物なのです。

しかし阿Qは違います。
彼は事実のねじ曲げを矛として、現実逃避を盾として
ろくでもない現実を受け入れずに戦っているのです。
それは現実逃避と狂気を騎士道というものに変換した
ドン・キホーテに似ています。
悲劇的な最後を遂げるところまで似ているのです。

私はそんな彼が好きです。
小説の主人公にも関わらず、何の能力もない、
はっきりいってしまえば人並みどころか
人よりはるかに劣っているにも関わらず
自分の旗を降ろさずに、現実と言う強大すぎる敵と
絶望的な戦いをしている彼が好きなのです。

結果、彼の戦いは悲劇で終わります。
彼は革命騒動に巻き込まれ、
自分がどういう状況に巻き込まれているのかも
よくわかっていないのに処刑されてしまいます。
ドン・キホーテの戦いと同じく彼の戦いは何の意味もなく終わります。
そもそもこの戦いには何の意味もなかったのでしょう。
けど、それでも私はそんな愚かで偉大な彼が好きなのです。