【許せない上司、許せない部下がいる人へ】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 

これから確実に起こる不況の

世の中を考えていたときに

思い出したのが

2000年のITバブル崩壊。

 

僕は当時、

その影響をモロに食らって

数カ月間非常に苦しい生活に

陥ったから。

 

あれはひどかったなぁ。

 

当時の会社のことを考えながら

自然とその時の自分と周囲にいた

人たちのことを思い出していた。

 

あの時のまま、歳だけとって

しまっていたら、僕の人生は

かなりつまらないものに

なっていたかも知れない。

 

でも、少しは成長できているかな

っていう話を今日はしてみたい。

 

別に自分の成長過程を

披露したいわけではありませんよ。

 

対人関係の悩みにおいて、

意外と見落とされていることが

多いポイントだなぁって思うことが

あって、僕みたいな失敗を経験した

ことがある人にとっては

ニヤニヤしながら読める楽しい

話だと思いますよ。

 

当時の僕は、

とにかくクソ生意気で、

扱いづらいダメ社員だった。

 

上司や先輩に対して、

礼節を知らぬ

失礼な態度のオンパレード。

 

一言でいえば

「人間性に欠ける」

これに尽きる。

 

それに気付かされたのは、

後に転職がきっかけで

クソ社員だった僕が管理職に

なってしまってからのことだった。

 

今まで自分が上司や先輩に対して

とってきた言動、態度を

そっくりやり返されているかの

ようなことを何度も経験した。

 

当時、そういう相手に

どう接すればいいのかと

自分なりに勉強しだしたのは

皮肉というか、滑稽にも思える。

 

その時に出会ったのが、

森信三先生の教えだった。

 

人間学を学ぶ人であれば

知らぬ人はいないであろう。

「国民教育の師父」と謳われた

偉大な教育者の教えの1つ。

 

自分より目上の立場の人や

年配者には礼節を尽くす。

人ではなく、立場を敬う。

 

相手の人間性をみて

尊敬に値するかしないかを判断し、

態度を決めていては

社会の秩序は保てない。

 

上司の能力が自分より低いところが

あるからといって

真面目に仕えるのは馬鹿らしいと

相手を軽んじるような態度にでれば、

その人は凡庸な上司よりも

さらに人間性に劣っている。

 

人柄や能力がどうであろうと、

目上や年配者の方には敬意を

もって接する。

 

このようなことを学んだ時に、

僕ははじめて自分の問題が

 

「礼節を知らず、

 人間性に欠けている」

 

ことだったと

自覚するようになった。

 

おそらくそのせいだろう。

未だに過去のダメな自分の記憶が

強烈に残っており、情けなく恥ずかしい

という思いが消えない。

 

では今現在、

人間性が高まったのかといえば

未だに胸を張れるほでは

ないかも知れない。

 

でも、常に自分を客観視して

気づいたり、コントロールすること

ぐらいはできるようになったかなぁ

とは思う。

 

そうすると、礼節に欠ける相手と

接する時の自分も変わってくる

もんです。

 

目の前でそういう態度を取られても、

 

「今、この場の言動や態度で

 この人を判断してはいけない。」

 

冷静にそう思えることが

多くなったんですね。

 

相手が自分のことを絶対に正しいと

思い込み、僕が間違っていると

決めつけてこようとも。

 

感情的にならず受け止めることが

できるようになった。

 

これは僕の気づきだったんですが、

1つの知恵なんじゃないだろうか。

そんなふうに思うのです。

 

社会的上位者に当たる側も、

「立場を敬う」を知り、

立場的に下の人に対しての接し方を

考えることも付け加えたい。

 

そういったことの積み重ねで

人はいつまでも

鍛えられていくものだと思うのです。

 

僕は別に

これが正しい考え方、捉え方だと

他人に言うつもりは一切ない。

 

自分が良いと信じることだから

ただそうしているだけで。

 

そんなの面倒くさいじゃんという

人は、別にそれでもいいし。

自由だ。

 

ただ、

そういう考え方も

あっていいよなぁと思った方は、

森先生の教えを

ご紹介しますので、読んでみて下さい。

 

以下、森信三先生の著書より引用です。

『修身教授録』(致知出版社)

※僕はこの文章を当時読んでいた

 メルマガで知りました。
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このような上位者(社会的秩序の上で、

自分より上の地位にいる人々)に対する

心得の根本を一言で申しますと、

「すべて上位者に対しては、

その人物の価値いかんにかかわらず、

ただその位置が自分より上だ

という故で、相手の地位相応の敬意を

払わなければならぬ」

ということでしょう。

 

<中略>

 

それというのも世の中というものは、

秩序の世界であり、

秩序の世界というものは、

必ず上下の関係によって

成り立つものです。

ところが、大事な点は、

このような社会上の地位の

上下というものは、

必ずしも

その人の、人物の真価によって

決まるものではないということです。

<中略>

 

それというのも、

人間の価値いかんというようなことは、

人によって見方も違って、

なかなか決定しにくい事柄だからです。

 

そこで

その人の人物の価値を標準にして、

尊敬するしないということになると、

社会の秩序というものは

保ちにくくなるのです。

また妙なもので、

かような態度で仕えていますと、

それほどでもないと思っていた

相手の中にも、

しだいに長所が見えてくるものであります。


否、人間の知恵というものは、

そうした態度によって初めて

磨かれるものであり、

また人間の知恵というものも、

そうした態度になることによって、

これまで気づかなかった

多くの事柄がしだいに

見えてくるというわけです。

<中略>


「どうもうちの校長は識見が

劣っているので、真面目に仕えるのは

バカらしい」

 

と言って、いささかでも

これを軽んじるような態度に出るとしたら、

それは決して本当の

態度とは言えないのであります。

 

否、万一かような態度に出たとしたら、

その教頭は凡庸な校長よりも、

さらに劣った人物と

言わねばなりますまい。

<中略>

社会的秩序の上における

上下の関係というものは、

いわば世の中の「約束ごと」

とも言うべきものでありますから、

これを踏み外すということは、

同時にそのまま、

世の中そのものから履み外して、

社会の落伍者となる外ないのです。

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引用終わり