先日、たまたま妻が食事中に観ていた番組で、個人的にちょっとびっくりすることを知った。
「明石家さんまの転職DE天職」というTV番組に落合福嗣さんが出ていたのです。
あの落合博満さんの息子だ。今は何をしているのかあぁ?と何となくの興味で観入ったのですが、福嗣さんが語る子供の頃の話に驚いた。福嗣さんは、夜中に目を覚ますことが多かったのだという。その理由は父・博満さんの素振りの音だった。
シーズン中の試合後でも、自宅に戻ってからの素振りを欠かさなかった。当時すでに球界No.1のバッターだった父が、なぜそこまで練習するのかと質問すると、「俺はまだまだ野球が下手くそだから」と答えたのだという。それは3度の三冠王という偉業を達成した後のこと(落合さんは三冠を3回獲得したプロ野球史上唯一の選手)。
それでも地道な努力を欠かさない父の姿をみて自らの手本としてた、という福嗣さんの話。
落合博満さんといえば現役時代から「俺流」「天才スラッガー」として知られていたので、この話を知って僕と同じように驚いた人はいたのでは。基本中の基本動作である素振りを、そこまで徹底して重視していたとは。
そこで思い出したのが、同じく天才バッターと言われているイチロー選手の名言
「小さなことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただ一つの道だと思っています」
という言葉。
そういう基本動作、地道な努力の継続が大切なのは別にスポーツに限ったことじゃない。ビジネスにおいても世間的にはその「才能」に注目されている人は、二流、三流の人間には想像もできないほど猛烈な働きぶりと努力があってこその成功だろう。
そんなことを思い、落合さんの話をシェアしたいなぁとブログを書きはじめたんだけど、、、
たった今、ふと感じたこと。
素晴らしい、すごいと感じた言葉や行動をシェアしようとするのは別に悪いことではないんだけど、僕自身はそれによってどんな影響を受け、どのように言動が変わったのだろうか?そういう体験がこの文章にはない。書くことができない。
ということ。
ただ名言を引用してくるだけでは、その言葉が立派だということを言っているだけで、相手には何も伝わらないだろうな。自分が書きたいことを書くブログだから別にそれでも良いのかもしれないけど、仕事や私生活では「気をつけよう」と思った。
自身の体験、変化もなしに引用してきた言葉は、他者から見ればただの「借りもの」「お飾り」を語っているだけにすぎない。
素晴らしい言葉だから名言なのではなく、その言葉の背景にあるその人物の行動や生活そのものがあるからこそ影響力があり、名言と称されるようになるんじゃないかな。
良い言葉に触れることは、すごく大切なことだと思う。それを自分も語ろうとしてもいいんだけど、自分の行動や生活をどうやって磨いていこうか?まずはそれを考えていくための言葉にしていきたい。
僕にとっては意外だった落合さんの現役時代の話だからこそ、そんなことを思うことができた。
小さなことだからといって疎かにしている努力はないだろうか?そう振り返ってみると、もうすでに不安だらけですね(-_-;)