ポジティブな親? | 憧れの(?)Italia Firenze生活

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イタリアはフィレンツェに住みつき早十数年。
日本語を教えながら、イタリア人の夫と息子と暮らしています。
私の平凡なイタリア生活の実態を御紹介♪

先々週、Cちゃんたちといった栗拾い。

 

行った場所は実はCちゃんのお父さんのふるさとで、Cちゃんの両親、親戚一同一緒に栗拾いをしたんですね。

 

Cちゃんの両親、親戚は病院で何度も出会ったことがあるし、息子Tくんの洗礼式や誕生日会でも会っているので顔見知り。

 

和気あいあいと楽しめました。

 

 

 

 

Cちゃんのお母さんとピピウやTくんの病気について話していたとき。

 

Cちゃんのお母さんがため息をつきながら

「何故、Tなんだろう?どうしてこの子がこんな病気をもって生まれなければならなかったのか…。

あなたたちはピピウを見てそう考えることはない?」

と聞きました。

 

 

実はこのとき、Tくん、💩が出なくて「お腹がいたい!」と泣き叫んでいたんです。

 

 

 なので、 そこからの弱音発言だったとは思うのですが…

 




Tくんとピピウでは同じ短腸症候群でもかなり病状が異なります。

 

ただ、腸に問題があるのは同じ。

 

 

Tくんが生まれたのはピピウが生まれてから約3か月半後。

なので、ピピウが一番悲惨な状況だったころのことはCちゃんたちも実際には見ていません。

 

 



正直、私たち夫婦は“今のピピウ”を見てため息をつくことはありません。

 

確かに

「なぜピピウはこんなにも早く生まれてしまったのか?」

「どうしてこんなにもたくさんの小腸を失ってしまったのか?」

と思うことはときどきあります。

 


ピピウが小腸の大部分を失ったとき、死にそうだったときは

「なんで私たちの子なの?」

「なんでピピウなの?」

と思いました。


かなり強く思いました。

 

 


でも、今はそうでもありません。

 

むしろ、今のピピウに満足しています。


今のピピウの状態に感謝しています。

 

 

 

 

もう、スタートラインがどん底すぎて、本気で今の状況がありがたいのです。


心底ありがたいのです。

 

 

「命さえ助かってくれればいい!」

「一生点滴に繋がったままでも生きていればいい!」

そう願ったのは嘘ではありません。

 

 

かなりの未熟児で生まれたピピウが抱えているのは短腸症候群だけではないし、

ちょと吐いたり、水様便だったり、逆に💩が出なかったりした日にはかなり心配しなければなりませんが…

それでもどん底の時に比べれば命の危険がないだけ幸せです。


そう自分に言い聞かせている私がいます。

 

ダンナも同じだと思います。

 

 

 


でも、そういえば、以前、お世話になっている栄養科の看護師さんに私たち夫婦はこう言われたんです。

 

「あなたたち両親はピピウの病気に対してとてもポジティブで偉い。」

 

と。

 

 

 

え?ポジティブ?と最初は思ったのですが…

 

 

看護師さんの話によると子供の病気のことで常にネガティブな考えの親もけっこう多いと。

「どうしてうちの子は健康でないのか?」と。

 

 

もちろん、病気やその状況にもよると思います。

 

ピピウより重症の病気の子供を抱えた親御さんだってたくさんいるわけで、

私たち夫婦だってピピウの状況が今よりずっとずっと悪かったらポジティブ思考はできないでしょう。

 

 

ただ、ピピウの病気に対して、私たち夫婦がポジティブに見えるとしたら、

今、ピピウがこうして生きて成長してくれていることに満足できているからだと思います


だから、ちょっとやそっとのことではネガティブにならないのかもしれません。

 



たとえば、NICUにピピウがいたころ、1000gくらいしか体重がないのに、生まれてからずっとどこかに点滴の針を入れていたピピウ。

最終的にどこの血管も使えなくなってしまいました。

NICUの看護師さんが「どこの血管にも入らない。見た目は悪いけど、頭の血管を使ってもいいかしら?」と言いました。

私は拒否することなど考えもしませんでした。

ピピウの体に点滴は必要。頭の血管しか使えないなら、もちろんその血管を使ってほしいと思ったからです。

 

頭にアンテナみたいに針を入れられたのを覚えています。

 

後にビックリしたのは

同じように頭に点滴の針を入れたいと言った看護師さんに「NO!」と言っている親がけっこういたこと。

 

 

もう、私にとってはピピウの「命」が大切だったわけで、見た目とか二の次でしたし、

確かに痛くてかわいそうと思うことは多々ありましたが、そうしないとピピウの治療ができないわけで…

 



手術中に死ぬかもしれないと説明されたのに、

手術の書類に承諾のサインをするしか選択肢がなかったときから、

NICUスタッフ、外科スタッフを信用するしかないというピピウの治療に対する覚悟みたいなものが私とダンナの中で生まれたのかもしれません。

 

 どんな手段を使っても命を守りたい。




数ヶ月に一回、10本以上の試験管に採血する事もあるピピウ。

血管が持たなくて、針の刺し直しになることも。


痛くて泣き叫びながら暴れるピピウを押さえつける私は鬼でしょうか?


私もその声と涙には胸が締め付けられます。


でも、 ピピウの出来る限りの健康を守りたいのです。



 

ピピウが自分の意思をちゃんと言うようになって、自分の体のことについて意見を言うようになれば、今よりもっと悩むことも出てくるんでしょうけどね。

 

そのときにもポジティブでいられるかどうかは謎ですが…できるだけポジティブでいたいなぁ…。

 

 

 

 

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 今日のオススメ。


イタリアの子供のおやつの定番。


キンダーチョコ。



このカバのやつ好きです。

モナカみたいになってます。

美味しいし、かわいい。

でも、ピピウには…まだやれない…。

ごめん、ピピウ。