ご存知の方も多いですが、

改めて感動しましたので、

引用させて頂きました汗目汗




■「氷上のプロポーズ」
井上怜奈さんのお話。

4歳の頃、喘息を発症し、

父が何か運動を、

と思い自宅近くにリンクがあったのでスケート競技を開始。

90、92年に全日本ジュニア選手権を制覇し、

中学3年にしてアルベールビル五輪に出場。

日本人最高の14位に入った。

94年には、

リレハンメル五輪と世界選手権にシングルで出場。

日本ではトップレベルの選手だった。

長野オリンピックのシーズン始め、

当時40歳代半ばの父を肺癌により失う。

日本代表選考争いにも敗れる。

一時はスケートを辞めていた時期もあった。

スケートを再開し、

渡米した後も苦難は続いた。

レッスン代と生活費捻出の為、
土産物屋さんやお寿司屋さんでアルバイトをしていた。

充分な衣装代も無く、

自身で裁縫した衣装で出場した大会もある。

渡米後、肺がんになるが、

幸いにも抗がん剤治療をもって完治する。

この治療も入院する事なく通院で済ませ、

抗がん剤の副作用に耐えながらアルバイトとレッスンを続けた。

この通院治療中のレッスン中、

誤って落下し頭蓋骨を骨折。

意識不明の大ケガをし、

後遺症で心的外傷後ストレス(PTSD)に悩まされ、

更には卵巣を片方破裂させて、

卵巣摘出する事態となり、

辛い闘病生活を送っている。

しかし、


井上は終始一貫病気などを一切言い訳にせず、

練習・競技に打ち込んだ。

そんな井上を理解し共に競技生活を歩んできたのが、

ペアの

「ジョン・ボルドウィン」。

二人の生きる姿と人間性は、

感動的なストーリーとして、

多くのメディアが取り上げた。

2007年世界選手権を最後にアマチュア引退を発表したが、

引退を撤回し現役続行を宣言。

2008年全米選手権で復帰を果たし、

2位となった。

この時フリースケーティングの演技終了後、

氷上でパートナーの

『ジョン』からプロポーズを受ける。ドキドキ

プロポーズの言葉…恋の矢

「怜奈と会わなかったら今の自分はない。

これからの人生も一緒に時間を過ごしたいから

結婚してくれますか?」

井上さんは言います。

「プロセスっていい時ばかりじゃない。

どん底の時もある。

でも、今生きているんだったら、

この瞬間を大事にして、

悩むよりも楽しむ方がいい。

いい時も、悪い時も、人生を楽しんでいたい。」


・・・自分の恵まれすぎている

環境に、感謝ひらめき電球


日々生かされてます。星


普通に目が覚め目

普通に起き上がりアップ

いつものように仕事へ・・・走る人


当たり前、普通、に感謝。


ありがとうございますキラキラ  ひらく虹