かつて、僕は高校生で、おそらくすべての高校生がそうだったように、厨二だった。


二年生の土曜日の練習後、いつもの卓球用品店でアンドロ社のキネティックオフというラケットに出逢った。

仲良しの夫婦でやっている小さな店だ。

ーお店の名前は、確かフジタだったと思う。

ラバーはもちろん、当時はフェアチャックのリッター缶も買っていた。

ハケ付きの缶にペットボトルのファンタのラベルを移植するのが当時のお洒落だった。

というのも、部員の殆どがそれを使っていたので、ファンタのラベルでそれぞれ見分けていたからお洒落だけが理由では無かったのだけど。


このお店は当時は川越にあって、僕が卒業した後に移転したらしい。


川越は、僕が居なくなったことでただ乾いた空気と無機質なビルが並ぶだけの街になってしまったから、それを咎める資格が僕にないことを重々承知している。


アンドロといえば、今でこそ日本の卓人なら誰もが知るメーカーではあるが、当時はまだ殆ど進出していなく、またインターネットも普及してなかったため、存在すら知らなかった。


そもそも、卓球の選手や道具についての情報は雑誌やカタログ以外持ち合わせていなかった。


見たことも聞いたことも無いメーカーのカタログを漠然と眺めているなか、あるページをめくった瞬間、身体に稲妻が走った。





「勝てる。」

唇の感触で自分が発した事を知った。

おそらく店主にも周りの部員達にも聴こえなかったと思う。

まるで、誰かか僕の身体を通じて僕に話かけているようだった。


「親父、このラケットを見せて欲しい。アンドロのキネティックなんちゃらというやつだ。無いならもうこの店には二度と来ない。」

いささか興奮を隠して伝えたのには理由があって、僕は自分が厨二な事を他人に悟られたくなかった。

自分の人生をなるべくスマートに生きたいと特に思っていた時期だった。


箱から出して店主は言った。

「勝てるかもしれないし、勝てないかもしれない。ただ、勝つのも負けるのもこのラケットではなく君だ。そしてそれは君が決めることで、ラケットが決めることじゃ無い。ただ、ラケットを変えることで君はきっと変わる。そう、このキネティックオフならね。」


店主は昔の人間で、つまらないことは言わない。

常に自分と向き合わせるように若人に諭す。

その昔全日本で活躍したらしく、当時の白黒写真が店の壁に飾ってあったが、特に興味をそそられることはなかった。

今となっては後悔している事の一つではあるけど。


「これがキネティックオフ、キネティックシステム。」



グリップの中に球状の空洞が複数あり、その中にカーボンの球がいくつも入っていて、インパクト時にそのカーボンの球が動いて絶大なパワーをボールに伝えるという機構だ。


ドイツは我々の思考の遥か先を進み、誰もが成し得なかった神の数式に辿り着いていたのである。


全てのグリップは、やがてこうなる。

日本人としての焦りを感じざるを得なかった。

J.Mセイブという名前が記載されていたが、聞いたこと無かったし、そんなことはどうでもよかった。


「確かに貴方の言う通りだと思う。僕は実力の無い弱い人間だ。そして強い人間が用具だけで勝てているとも思えない。ただ人生の選択肢はその時は他愛のないものだけれども、点と点がいつか必ず線で繋がるときがくる。だから今日僕はこれを買う。現金払いでね。ついでにいつものフェアチャックのリッター缶もサービスでつけて欲しい。」


当時の購入価格は6000円くらいだったかと思う。

こんな神ラケがこの価格。


部員の誰にも相談せず決断したのは言うまでもない。


勝てる。

このラケットを使えば強烈なドライブを放ち

あいつに勝てる。


レギュラーの座を得るのはもちろん、埼玉栄、川越東を倒し、西部地区予選を突破する。

そして県大会で狭山ヶ丘を倒し活躍し全国へ行く。

一躍有名となった僕は、全校生徒の前で表彰され、クラスのマドンナから告白され、引退するまでは付き合えないと焦らし、素敵な学園生活を送る。

そう思わざるを得なかった。


その日が永遠に来ることはないと分かっていながら。


そして、僕は高校生三年生になりおそらく誰もがそうなるように、引退したのである。

最後まで補欠のまま。


成果を挙げるとすれば、川越の個人戦で二位になったことくらいだ。


今はもう手元に無いキネティックオフ。


もし、僕がこのラケットの記憶を全て失い、もう一度初めて出逢ったとしたら、30を過ぎた今でも僕は即決で買うと思う。


なぜなら僕は、今でも厨二だからだ。


この物語はフィクションであり、実在する人物、団体とは関係ありません。