ハロプロの話題を提供するユーチューブチャンネルは多くあります。まあ、メンバーの入れ替わりがあるため、推しが卒業(引退)すれば、だんだん投稿も少なくなるのは仕方がありません。

 

長年やっている人たちの特徴は、批判をしないで、良いところをよいという人たちです。こういう人たちの投稿は、サムネ(ユーチューブの選択画像)にひかれて、時々見に行ったりしています。いやむしろ、特定のグループだけを推し続ける人は少なくて、ハロプログループ全体を推す投稿傾向があります。良いところだけを具体的に強調されると、そのグループの動画も見てみるかということになり、見ればやっぱりよいのです。

 

像のマスクをかぶっている人の動画はかなり影響を受けていると思います。過小評価されている人を取り上げて、正当な評価をしようとしているところがとても共感が持てて好きです。私の推しも何度か取り上げていただきました。感謝です。

 

こぶしファクトリーや°cuteなんかは、こういう動画や元メンバーの動画ではまってしまいましたが、すでに解散済みなので大事には至りませんでした。

 

困ったことに、今はまりつつあるのはつばきファクトリーというグループです。一言で言って歌がうまい。しかも、それぞれ、別々のうまさがあることが脅威です。CDで音楽を聴いているだけでも十分満足できるレベルだと思います。

 

個性はあるのですが共通項もあります。活舌の良さ、音程の安定は、他のグループの歌メンかそれ以上かもしれません。

 

7周年に生バンドをバックにコンサートをやったようです。ダンスを控えて歌に集中したようですが、正解ではないでしょうか。そういうグループがハロプロに一つあってもよいと思います。

 

他人の子供は成長が早く感じられるとはよく言いますが、推しではないグループのメンバーも同じです。かつての最年少メンバーできゃぴきゃぴしていたるのちゃんが、大人びた風貌で大人びた歌唱をしているのを見て、ぶっ飛びました。

 

それにしても、ハロプロは歌がうまい人たちがたくさんいるようです。研修生ですらかなりのパフォーマンスを繰り広げるのですから、グループに配属になった人たちが素晴らしいのは当然といえば当然かもしれません。

 

いや、やはり、基本はアンジュで、娘。に敬意を払い、つばきにも注目する程度で抑えておかなければと不安になることしきりです。

 

PS歌とダンスの要と私が勝手に思っていた秋山さんの卒業はとても残念でなりません。

 

 

 

 

わかにゃの歌を絶賛しようと意気込んでいた。どう褒めたたえるかということを考えた時、自然と理想の歌い方だとか、本格派アイドルの真のナンバーワンだとかいう表現が自然に頭に浮かんでいた。しかし、本当にそう思っているが、それだとほかの人はそれに劣るということを言っているようなものだ。そう考えてなかなかこの記事は書き上げることができないままでいた。

 

私個人が、どうしてわかにゃの歌が好きなのかという視点で絶賛することにした。

 

歌がうまいと私が思う必須要素は3点、言語明瞭であること、音程が安定していること、リズム・テンポが伴奏にあっていることである。これは外せない歌うまの前提要素だと思っている。その上での話として理解していただきたい。

 

世の中で、特に素人で歌がうまいと評価される人は、3要素を前提として、声量の豊かな人と考えられていることが多いようだ。声量とは肺活量だと思っている人も多いようだ。実は、息の量が音の大きさを決めるのではない、一番重要なことは、顔のどこで共鳴させるかということである。クラシックの声楽の場合は、眉間の少し下、あるいは鼻骨の上という指導が多いようだ。しかし、これだと日本人の場合、いわゆる声楽声になってしまい、わざとらしく聞こえてしまうため、好感を得ることが難しい。少なくともポップスには合わない。

 

日本人の場合、むしろ上前歯あたりに(骨格の違いによって微妙な違いあり)共鳴させたほうが、比較的自然に聞こえる。これはおそらく民謡の発声に源流があり、演歌の発声につながってきた共鳴方法ではないかと考えている。

 

この共鳴方法で歌うと、お上手ですねといわれることが多いようだ。また、音程を安定させやすくなる。言語も明瞭になる。強弱もつけやすい。喉も傷めにくい。

 

ただ、この共鳴方法でポップスを歌うと、良く言えば本格的になりすぎてしまう。お上手ですねとは言われるが、クラシック共鳴ほどではないけれど好感は持たれにくい。むしろうまいだけに嫌味に聞こえたりもする。

 

これをアイドルがやっちゃうと、私としては、アイドルらしくない、「どすのきいた」歌になってしまうように感じてしまう。まあ、楽曲の曲調によっては気にならない場合もあるけれど、いじらしい曲、せつない曲、かわいい曲などでは興ざめしてしまう。ちょっと怖くなったりもする。

 

前振りがあまりにも長くなってしまった。

わかにゃの歌声は、3要素が素晴らしいことは前提として、自然な話声の延長線で歌っているように聞こえる。クラシック共鳴でも、民謡共鳴でもないようだ。全く嫌味の無い歌声である。高音になってもかすれたり、瀕死の白鳥のようにつぶれたりしないで、安定して豊かな音量を保っている。それでいて柔らかい。豊かな音量なのに繊細さを感じられる。歌が胸にすうっと入ってくる。シルクの様な歌声だと思う。

 

ふだんのトレーニングの成果であることは間違いない。ハロプロのアイドルは、普段歌っているだけでなく、仕事の合間にボイストレーナーの指導を受ける人が多いようだ。わかにゃのトレーナーは素直な発声をトレーニングしているのだろう。天賦の才能と努力によってシルキーボイスは生まれたのだと思う。

 

楽曲の曲調によって歌い方というか発声を変えているようではある。このシルキーボイスを活かすのは、歌詞の一文字一文字を大切に歌うべき楽曲だろうと思う。ポップなセレナーデとか、ミュージカル全体の中の落ちサビのような位置づけの子守唄のような優しい歌がベストマッチだと思う。

 

わかにゃの歌割部分を聞いていると、一曲丸ごと聞いていたい、いつまでも聞いていたいという気持ちになる。

 

 

私がブログで書いたからというわけでは絶対ないのですが、アンジュルム公式チャンネルから、ライブ(武道館?)の「右斜め後ろから」の動画がアップされました。

 

かなり視聴回数が増えているようですが、これからもっとどんどん増えることでしょう。

 

動画のコメント欄をみると、カッサーもこの曲を宣伝してくれているようで、なかなか義理堅いと感心しています。

 

で、この曲は、なかなか解釈が難しい曲です。切ないことは間違いないのですが、どの程度の切迫感なのか、あるいは希望を感じさせる歌のか、なんなら半ば絶望なのか、それによって歌い方というか表現も変わってくるからです。

 

この公式動画を見ると、メンバーによって解釈が微妙に違っているように感じられました。んで、それはかなり良い結果を生んでいるのではないかという印象なのです。歌としてまとまりがないわけではないし、それぞれのこの歌に対する思い入れの違いが、歌の世界を深めて広げているような、そんな感じです。飽きがこないというか。

 

もともとアンジュルムというのは、そういうグループで、お仕着せの統一感を拒否したところの見えない統一感が持ち味のグループだと思います。かなり自然なというか、各メンバーの等身大をアッピールしているような感じですかね。

 

各メンバーの短評は依然アップしました。基本的に変わりはないです。

ただ、再度同じことを言うわけですが、私はもいもいの歌う時の表情が秀逸だということを強調したいのです。おそらく、私のこの曲に対する解釈を表現しているのがもいもいだからなのだと思います。

 

もいもいは、まだ歌割が多くありませんが、おそらく歌が恐ろしく上手になっていくと思います。とても楽しみです。