大気の流体近似
ごぶさたしております。なんかやたら忙しくって、更新する気力がなかなかわきません。書きたいことは色々あるのですが。
で、kikulog の温暖化懐疑(否定)論のコメントを見ていて気になったことがあったので、簡単に解説を(もうだいぶ前の話題になっちゃったけど)。大気をどう扱うか、という話。こういう話は調べなくても記憶だけで書けるのでリハビリには丁度良い。(^^;;
大気は対流圏や成層圏などそこそこ「濃い」ところならば通常は「流体」として扱う。流体とは気体や液体のように「流れる」「連続体」。つまり、ある位置x(3次元なので位置ベクトルという意味で太字で書く)での質量密度ρや流体の速度v(これもベクトルなので太字で書く)が「場」の量として定義できるということだ。ρ(x)、v(x)のように書ける、と。無論、時間変動を考えたいわけだから、ρ(x,t)、v(x,t)となるべきものでもあるが。
さて、一見当たり前のように見えるが、よくよく考えるとそうではない。つまり、ミクロに見ていけば、N2やO2などの分子からなるのが大気であり、個々の分子はある領域内でもてんでんばらばらの方向に運動しており、お互いぶつかっては進路を変えることを繰り返しているからだ。つまり、位置の関数として速度が書けるということはなくて、ある位置 x の付近では、速度 v の粒子がどれくらいの数分布しているのか(あるいはどれくらいの確率で存在しているのか)ということを考えなくてはならない。つまり、流体ならば「ある位置 x における密度ρ(x)」という具合に書けたのに対し、ミクロには「ある位置 x である速度 v となるような『位相空間』上での密度 f (x,v)」を扱う必要がある。つまり6次元空間での物体の変化を考えないといけない。それを扱うのが Boltzmann方程式というものなのだが、その詳細はおいといて、どういう状況なら流体として考えればいいのかを見てみよう。
まず、分子はランダムに運動し、ランダムに衝突しているが、「平均して」どれくらいの距離進んだら他の粒子と衝突するのかを計算しよう。ここで簡単のため衝突するまでは粒子は等速直線運動をしており、個々の粒子の「断面積」をσと置く。つまり、面積σの「的(まと)」がそこらじゅうに散らばっており、平均してある距離 l だけ進んだら他の粒子と衝突する、と考えるのである。
次に粒子の密度を考えよう。ここでは個数密度を考える。粒子の密度が一定とみなしてよい程度には小さく、また十分に粒子を含む程度には大きい体積 V の中に N 個の粒子が入っているとすると、その個数密度は n = N/Vと書ける。あるいはその逆数を取ると、粒子一個が占める体積を表すことにもなる( 1/n = V/N )。では l,σ, n の関係はどうなるだろうか。
粒子一個が占める体積が大きい(つまりスカスカ)ならば、当然長距離を走らなければ衝突できない。また断面積が小さくてもなかなか当たらないからlは大きくなる。次元を考えると、lσ = 1/n となることがわかるだろう。つまり lσ の体積の「筒」で空間を満たすことができるように長さ l が決まる、というわけだ。この長さ l のことを平均自由行程と呼ぶ。
ここまで来ればわかるだろうが、要するに、考えている系が l と同程度かそれより小さければ、てんでんばらばらな粒子の運動を考えなければならず、Boltzmann方程式を解かないといけないのだが、 l よりもずっと大きいサイズでの変動しか見ないのであれば、l 程度のスケールでの粒子のバラバラな運動は無視し、平均的な運動だけを考えれば良いことになる。つまり、ある位置 x での速度 v の平均値を、その位置での流体の速度をみなせば良い、ということになる。そうやって、(x,v)の6次元位相空間を位置だけの3次元空間に落とすことを、流体近似と呼ぶ。
では大気の平均自由行程はいくらぐらいだろうか。
まず大気の密度である。1molの粒子を考えよう。1molの気体が常温常圧下で占める体積は22.4Lである(高校の化学でやるんだっけ?)。そして1molは6×1023個のことである。そこで、個数密度は、
n = 6×1023/(22.4×10-3m3)~3×1025[m-3]
となろう。また断面積は、原子スケールが1オングストローム程度なので、大雑把に
σ~π(10-10m)2~3×10-20[m2]
ぐらいで良かろう。すると平均自由行程は
l = 1/nσ~1/(3×1025×3×10-20)~10-6[m] = 1[μm]
ということになる。つまり、ミクロンスケール程度になったら個別の分子の運動を考えないといけないが、それよりずっと大きければ、マクロな流体として扱って問題ない、ということになる。で、大気の運動でこんな小さいスケールを考える必要はまずない。つまり、大気は流体として扱って問題ない、ということになる。
問題は、上空の希薄な領域である。どれくらい希薄になるだろうか。成層圏の上端で地表のおおよそ1/1000、中間圏界面で1/100000(電離層の底のあたり)であるが、上の式からただちにそれぞれ平均自由行程は1[mm]、10[cm]程度になることがわかる。まだまだ流体近似でいけそうである(つまり流体密度や速度、温度の変化するスケールが、平均自由行程よりは十分長いと期待される)。スペースシャトルが飛ぶあたり(高度500km付近)になると、密度は地表の10-11倍ぐらいになる。すると、l ~100[km]になる。高度と同じオーダーになってしまった。これでは流体として扱うのは無理であろう。もっともこのあたりでは大気が電離しているので、電磁場との相互作用も考えないといけないから、大局的にどうかは自明ではないが。
というわけで、大気は流体力学で計算してよろしい。あとは、「流体として」どれくらいのスケールまで考慮しなければならないか、という問題になる。
これは結構難しい問題だ。なぜなら流体の運動は簡単にカオスになるからだ。しかし、乱流であれば、通常は大きいスケールの乱流がどんどん小さいスケールの乱流に移っていくので、ある程度は粗視化(メートルスケールの運動などはもっと大きいスケールでならして平均してしまう)して良いと期待される。ではどれくらいまでの粗視化が許されるか?
…というあたりが、流体力学の一般論から言える限界。あとは実際の大気をご存知の方に教えていただきたいな、と♪ (^^)
当然、局地的な天気予報を知りたければ、数km程度の変動が扱えないといけないし、雲の内部運動(積乱雲とか)だったらもっとずっと小さいメートルスケールの運動が扱えないといけないだろうし、地球全体の運動ならば、数10km程度でもいいかもしれない(数字はテキトーです)。というわけで、こういうのは「何をやりたいか」「何を知りたいか」ということと不可分なのだということを頭の片隅に入れておく必要があるのだ。
※もし計算間違いなどあれば指摘していただくと有り難いです。
で、kikulog の温暖化懐疑(否定)論のコメントを見ていて気になったことがあったので、簡単に解説を(もうだいぶ前の話題になっちゃったけど)。大気をどう扱うか、という話。こういう話は調べなくても記憶だけで書けるのでリハビリには丁度良い。(^^;;
大気は対流圏や成層圏などそこそこ「濃い」ところならば通常は「流体」として扱う。流体とは気体や液体のように「流れる」「連続体」。つまり、ある位置x(3次元なので位置ベクトルという意味で太字で書く)での質量密度ρや流体の速度v(これもベクトルなので太字で書く)が「場」の量として定義できるということだ。ρ(x)、v(x)のように書ける、と。無論、時間変動を考えたいわけだから、ρ(x,t)、v(x,t)となるべきものでもあるが。
さて、一見当たり前のように見えるが、よくよく考えるとそうではない。つまり、ミクロに見ていけば、N2やO2などの分子からなるのが大気であり、個々の分子はある領域内でもてんでんばらばらの方向に運動しており、お互いぶつかっては進路を変えることを繰り返しているからだ。つまり、位置の関数として速度が書けるということはなくて、ある位置 x の付近では、速度 v の粒子がどれくらいの数分布しているのか(あるいはどれくらいの確率で存在しているのか)ということを考えなくてはならない。つまり、流体ならば「ある位置 x における密度ρ(x)」という具合に書けたのに対し、ミクロには「ある位置 x である速度 v となるような『位相空間』上での密度 f (x,v)」を扱う必要がある。つまり6次元空間での物体の変化を考えないといけない。それを扱うのが Boltzmann方程式というものなのだが、その詳細はおいといて、どういう状況なら流体として考えればいいのかを見てみよう。
まず、分子はランダムに運動し、ランダムに衝突しているが、「平均して」どれくらいの距離進んだら他の粒子と衝突するのかを計算しよう。ここで簡単のため衝突するまでは粒子は等速直線運動をしており、個々の粒子の「断面積」をσと置く。つまり、面積σの「的(まと)」がそこらじゅうに散らばっており、平均してある距離 l だけ進んだら他の粒子と衝突する、と考えるのである。
次に粒子の密度を考えよう。ここでは個数密度を考える。粒子の密度が一定とみなしてよい程度には小さく、また十分に粒子を含む程度には大きい体積 V の中に N 個の粒子が入っているとすると、その個数密度は n = N/Vと書ける。あるいはその逆数を取ると、粒子一個が占める体積を表すことにもなる( 1/n = V/N )。では l,σ, n の関係はどうなるだろうか。
粒子一個が占める体積が大きい(つまりスカスカ)ならば、当然長距離を走らなければ衝突できない。また断面積が小さくてもなかなか当たらないからlは大きくなる。次元を考えると、lσ = 1/n となることがわかるだろう。つまり lσ の体積の「筒」で空間を満たすことができるように長さ l が決まる、というわけだ。この長さ l のことを平均自由行程と呼ぶ。
ここまで来ればわかるだろうが、要するに、考えている系が l と同程度かそれより小さければ、てんでんばらばらな粒子の運動を考えなければならず、Boltzmann方程式を解かないといけないのだが、 l よりもずっと大きいサイズでの変動しか見ないのであれば、l 程度のスケールでの粒子のバラバラな運動は無視し、平均的な運動だけを考えれば良いことになる。つまり、ある位置 x での速度 v の平均値を、その位置での流体の速度をみなせば良い、ということになる。そうやって、(x,v)の6次元位相空間を位置だけの3次元空間に落とすことを、流体近似と呼ぶ。
では大気の平均自由行程はいくらぐらいだろうか。
まず大気の密度である。1molの粒子を考えよう。1molの気体が常温常圧下で占める体積は22.4Lである(高校の化学でやるんだっけ?)。そして1molは6×1023個のことである。そこで、個数密度は、
n = 6×1023/(22.4×10-3m3)~3×1025[m-3]
となろう。また断面積は、原子スケールが1オングストローム程度なので、大雑把に
σ~π(10-10m)2~3×10-20[m2]
ぐらいで良かろう。すると平均自由行程は
l = 1/nσ~1/(3×1025×3×10-20)~10-6[m] = 1[μm]
ということになる。つまり、ミクロンスケール程度になったら個別の分子の運動を考えないといけないが、それよりずっと大きければ、マクロな流体として扱って問題ない、ということになる。で、大気の運動でこんな小さいスケールを考える必要はまずない。つまり、大気は流体として扱って問題ない、ということになる。
問題は、上空の希薄な領域である。どれくらい希薄になるだろうか。成層圏の上端で地表のおおよそ1/1000、中間圏界面で1/100000(電離層の底のあたり)であるが、上の式からただちにそれぞれ平均自由行程は1[mm]、10[cm]程度になることがわかる。まだまだ流体近似でいけそうである(つまり流体密度や速度、温度の変化するスケールが、平均自由行程よりは十分長いと期待される)。スペースシャトルが飛ぶあたり(高度500km付近)になると、密度は地表の10-11倍ぐらいになる。すると、l ~100[km]になる。高度と同じオーダーになってしまった。これでは流体として扱うのは無理であろう。もっともこのあたりでは大気が電離しているので、電磁場との相互作用も考えないといけないから、大局的にどうかは自明ではないが。
というわけで、大気は流体力学で計算してよろしい。あとは、「流体として」どれくらいのスケールまで考慮しなければならないか、という問題になる。
これは結構難しい問題だ。なぜなら流体の運動は簡単にカオスになるからだ。しかし、乱流であれば、通常は大きいスケールの乱流がどんどん小さいスケールの乱流に移っていくので、ある程度は粗視化(メートルスケールの運動などはもっと大きいスケールでならして平均してしまう)して良いと期待される。ではどれくらいまでの粗視化が許されるか?
…というあたりが、流体力学の一般論から言える限界。あとは実際の大気をご存知の方に教えていただきたいな、と♪ (^^)
当然、局地的な天気予報を知りたければ、数km程度の変動が扱えないといけないし、雲の内部運動(積乱雲とか)だったらもっとずっと小さいメートルスケールの運動が扱えないといけないだろうし、地球全体の運動ならば、数10km程度でもいいかもしれない(数字はテキトーです)。というわけで、こういうのは「何をやりたいか」「何を知りたいか」ということと不可分なのだということを頭の片隅に入れておく必要があるのだ。
※もし計算間違いなどあれば指摘していただくと有り難いです。