血液型と性格の話、または人は信じたいものを信じるということ | ほたるいかの書きつけ

血液型と性格の話、または人は信じたいものを信じるということ

 アメーバブログは掲示板サービスもやっているようで、今朝、たまたま「血液型で性格がわかるの?」というスレッド がたっているのに気がついた。ちょっとコメントしたのだけど(72と156)、なんというか、議論をするのってスキルがいるよね、というのを実感してしまったというか。
 スレ主のまりあさんという方は、ごくごくまじめに疑問を呈されたようで、私のコメントにも反応してくださり、書いた甲斐があったかな、と喜んでいるのだが、結構なコメントが「だって関係あると思うもん」とか「科学より事実が大事」とか「科学で分かってないことだってある」とか、まあ典型的なのだ。もちろん、ちゃんとしたコメント、まじめに書かれたと思われるコメントも沢山あるのですが。

 声を大にして言いたいのは、科学ではまだわかっていないことはいっぱいあるし、だからこそプロの科学者がいるわけだけど、その一方で、わかってることだって一杯あるわけだ。プロの科学者になるために、なぜ大学行って大学院行って…と長い時間かけて勉強しなきゃいけないかと言えば、要するに、どこまでわかっているのかを理解するためだ(もちろん、どのように理解しているかを理解するのが大事なんですけど)。どこまでわかっているかをわかっていなければ、誰もわかっていないことが何なのかがわからない。つまりプロとして意味のある研究テーマを決められないことになる。
 それを無視して、「科学にだってわかってないことはあるんだから」というのは見当違いも甚だしい。もちろん、特定のテーマ(今の場合だったら血液型性格判断)についての「わかっていること」を知っている人というのはごく限られるだろうから、みんなが知ってなくちゃならないとは全然思わない。だけど、根拠を出して語っているのに、「科学にだってわからないことはある」と言われても、「はぁ?」としか言えないですよね。

 まあ何を書いても読まずに思い込みを語る人というのはどうしてもいるので、いちいち脱力しててもしょうがないよな、とは思うのだけど、こう目の当たりにすると、やっぱり何度も何度もクドクドクドクド言わなきゃ伝わらない人は結構いるんだろうなあ、と思う。
 あ、上でも書きましたが繰り返します。その掲示板でコメントされている方の中でも、ちゃんと読んでコメントされている方、見識を持ってコメントされている方は大勢いますので念のため。