メーカーにとってのマイナスイオン(2) | ほたるいかの書きつけ

メーカーにとってのマイナスイオン(2)

 前回のエントリ、Yahooの掲示板で色々な方に言及していただき、ありがとうございます。
 その中で、legal_guardian01さんが、マイナスイオン掃除機に関する特許について調べてらっしゃいます 。それに関して補足というか追加でコメントをしたいと思います(YahooのIDを持っていないので。すいません)。

【マイナスイオン掃除機のメカニズム】
 たいていのホコリは帯電しているそうです。なので、電気を帯びた物体を近づければ、異符号電荷を帯びた物体を吸着させることができます。
 legal_guardian01さんもコメントされているように、おそらく、この「マイナスイオン掃除機」は効果があるのでしょう(正確に言えば、効果があってもおかしくはない、ですね)。
 たとえばPanasonicのウェブサイトには、掃除機のノズルについての開発秘話のような話が載っています。「指令2 フローリングのザラつきを取れ」 。開発にかける技術者の努力が伝わってきます。
 この中に、「マイナスイオン掃除機」の話が出てきます。住宅事情が変化し、フローリング化が進行することで、従来の掃除機では吸いきれなかった細かいホコリが気になるようになって来た。それをなんとかうまく吸い込めないか…と。

 簡単に要約します。ホコリは正負それぞれに帯電しているものがあります。一方、フローリングの床は通常は負に帯電しているそうです。そのため、負に帯電したホコリは床と反撥するため掃除機で吸い込みやすいのですが、正に帯電したホコリは床に吸着するため、なかなか掃除機では吸い取れません。
 そこで、掃除機からホコリに負電荷を与えれば、掃除機でも簡単に吸い取れるようになると考えられます。Panasonicでは、「マイナスイオン」を発生させ、それで正に帯電したホコリをくるみ、床から離れやすくして掃除機で吸い取りやすくしたということです。

 その具体的なメカニズムですが、これはlegal_guardian01さんが説明されたものとおそらく同一です。つまり、掃除機のノズルにフッ素樹脂のプレートをおき、ナイロン製ブラシと常にこすれるようにしておきます。すると、帯電序列からフッ素樹脂プレートは負に、ナイロン製ブラシは正に帯電します。これにより、「マイナスイオン」が発生し、正に帯電したホコリに吸着させて吸い取りやすくするのだそうです。
 legal_guardian01さんが指摘されているように、これは摩擦による帯電ですから、プレートが負に、ブラシが正に帯電するのは実際そうなのでしょう。
 ただし、ホコリに吸着するとされる「マイナスイオン」が何者なのか、どういう成分なのか、フッ素樹脂プレートからどのようにして放出されているのか、あるいは単にブラシとこすれて負に帯電した細かいフッ素樹脂のカケラが飛散しホコリに吸着しているのか、といったようなあたりは疑問として残ります。とはいえ、電気的にホコリを吸着させているのであれば、それは実際効果はあるのだろうと思います。
 無論、そのウェブページはあくまでも一般向けの解説ですし、それをもって「検証」とは到底いえるものではありません。おそらく、論文なり技報なり、文書の形で効果を説明しているものはあるのでしょう(あると信じたい)。

【「マイナスイオン」という名前の問題】
 さて、『パリティ』編集委員会が原稿を依頼したメーカーがどこなのか、それはわかりません。が、とにかくメーカーから「説明できるものがおりません」という実に情けない返答を引き出しました。またlegal_guardian01さんは、上記掲示板にて「『帯電順位』を知っている技術者が摩擦帯電を知らないのはどうかと思う」と述べておられます。私も、本当に知らないのであれば、どうかと思います。

 ここからは私の想像です。
 本当は知っているんじゃないでしょうか?
 『パリティ』からの依頼は、単に掃除機の原理の説明だけではありませんでした。「マイナスイオン掃除機はどんな仕組みか、またなぜマイナスイオンが体によいのか解説してほしい」というものでした。つまり、前半の「仕組み」についての原稿依頼であれば、メーカーは喜んで執筆を引き受けたのではないか、ということです。
 ところが、こういう依頼であれば、「マイナスイオンが体によい」ということについても触れざるを得ません。あるいは全く触れない原稿が受理されたとしても、その件についてのコメントがなかった、と編集委員会からの注釈がつくでしょう。いずれにしても、それは「マイナスイオンが体にいい」という「神話」をメーカーが自ら否定することになります(「否定」というのは、「体にいい」ということが実証されていないということを明言する、という意味です)。これは、付加価値として有効な「マイナスイオン」のブランドイメージを傷つけるものであり、メーカーとしては絶対に避けなければならないことでしょう。

 SSFSさん(ssfs2007さん)は、体にいいかどうかは問題ではない、と言うかも知れません。しかし、そこはマイナスイオン問題の本質の一つであり、ニセ科学という観点からは絶対に外せないところです。
 実際、googleで「マイナスイオン掃除機」で検索をかけて1位に来るサイトを見てください(2位が上記panasonicのサイト)。「マイナスイオン掃除機トップ」 というサイトが引っかかると思います。どういうサイトかよくわかりませんが(「HEALTH GOODS 美し」という販売店のようですが)、このページの下に「マイナスイオンの効果」とあります。このページを開くと、真っ先に出てくるのがマイナスイオンの人体への影響です。
 「マイナスイオン」といえば「体にいい」。こういうイメージが、メーカーにとっては大変に利用価値のあるものとなっているのです。
 「マイナスイオン問題の本質はその名前である」ともよく言われますが、それはつまり、「マイナスイオン」という言葉を出すことによって、本来の効果以上に価値があるものだと消費者に思わせることが問題だ、ということなのです。「効果はあってもニセ科学」というのも、そういうことです。仮に「マイナスイオン掃除機」が優れた製品であり、ノズルで発生させた帯電物質がホコリを集める機能が十分にあったとしても、「マイナスイオン」がニセ科学だ、ということにはなんら影響を与えないのです。

【マイナスイオン問題に決着をつけるには】
 これは私見ですが、もし、「マイナスイオンは体にいい」というイメージがはびこっていなかったら、マイナスイオンという名称は「アリ」だったかもしれません。つまり、なかなか一般人には理解しづらい複雑なメカニズムを持つ製品について、その仕組みを端的に表す名前として「アリ」だったかもしれない、という意味です。
 ところが、この社会では、既に「マイナスイオンは体にいい」ということが認知を受けてしまいました。それに貢献し、またそれを利用してきた企業(特に大企業)は、真剣に反省する必要があります。
 「マイナスイオン」という名称を使わない、というのは最低限ですが、私はそれだけでは企業倫理としては不十分だと考えています。大企業の責任としては、「マイナスイオンは体にいい」という言説には根拠がない、ときっちり言うべきだと思うのです。
 「効果はあってもニセ科学」と言われないためには、企業が自ら正しい認識を広げていく必要があります。何が検証されていて何が未検証なのか、それを自ら明らかにしていくことが企業の社会的責任ではないでしょうか。
 マイナスイオン問題にケリをつけたければ、ちゃんと「マイナスイオン」がもたらしている問題と向き合う必要があります。個別の製品のメカニズムの問題ではないのです。

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「掲示板のほうで書け」と言うのでしょうけど、YahooのID持ってないので、自分のブログに書きました。
もっとも、散々「自分のブログを作ってそこで自説を開陳せよ」と言われ続けたSSFSさんが未だにそれをしていないのですから、言われる筋合いではないだろう、という気もしますけどね。
 紹介していただいた、legal_guardian01さんやyokoyamahotchillipeppersさんをはじめとする皆様には不都合をおかけして申し訳ありません。どうもありがとうございました。