『中国の旅』
- 中国の旅 (朝日文庫)/本多 勝一
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1971年、国交回復を目前に控えた中国を取材し、翌年に発刊された本の文庫版。その一部は南京事件についてのものだが、多くの日本人にとって、それまで中国戦線で戦い日本に帰ってきた元兵士たちの「自慢話」を通じた噂や東京裁判でそのごく一部が知られるに過ぎなかった南京事件が具体的な証言をもって明らかにされたという点で画期的な本である。細菌兵器を開発していた731部隊の話も出てくる(戦後のミドリ十字との関係や、アメリカとの取引により起訴を免れたという話は追記として出てくる)。以前のエントリで取り上げた『天皇の軍隊』 が侵略した側(日本軍)から見た中国戦線の話だとすれば、本書は侵略された側から見た中国での戦争である。中国各地をまわり、現地で被害にあった人々から話を聞くことに徹することによって作られた本である。
「天皇の軍隊」が展開した殺しつくし・焼きつくし・奪いつくす「三光作戦」によって、中国の人々がどのようなひどい目に合わされたか、それはもうこの本を読んでいただくしかない(し、要点を要約するなど私の力量では不可能だ)。とにかく、物凄い迫力で迫ってくるのである。
一点だけ、あまり顧みられることのないことだけ。日本の侵略は、当然ながら、単に軍を送り込み支配しようとしたというだけではない。「満州は日本の生命線」と叫ばれ続けたように(中国の人々にとってはたまったものではない。なんと勝手な理屈か)、中国の資源が重要な目的だったわけだ。
その資源を活用するため、日本の企業が進出していく。
ここでは、中国人は取替えの効く「部品」以下でしかなかった。なにかあれば殴られ、いびられ、リンチにかけられ、簡単に殺される。腐りかけたわずかな量の食事で毎日長時間働かされ、身体が動かなくなってくるとサボっていると言われて殴られ、ガソリンをかけて焼き殺されたり、軍用犬の「餌」として食い殺されたりする。大量の中国人を使っていた工場や鉱山では、万人抗と呼ばれる死体を「捨てる」穴が幾つもあったようだ。現在でも、折り重なった白骨死体が簡単に出てくるということだ。
『天皇の軍隊』でも、民間企業の警備につかされる兵士の不満が描かれていたが、侵略という行為の目的がよくわかる話である。
今となっては違和感のあるのが、多くの証言者が「毛沢東と党のおかげで~」のような発言をすることだろう。当時は文革の真っ最中だし、下手なことは言えないというのもあっただろう。しかし、これだけ悲惨な目にあったことを考えると、上からの強制だけではないのだろうと思う。あまりにも理不尽な仕打ちに長年あわされてきた身になって考えれば、そういう発言も自然に出てきてもおかしくない部分は小さくないように思われる。
また、それと並んで必ずと言っていいほど言うのが「敵は日本軍国主義で、そのために日本の人民と連帯してともにたたかいたい」というような発言である。これも事情を知らなければいかにも公式的な発言に聞こえるが、戦争中の八路軍の振る舞いを考えれば、必ずしも変な言い草ではない。むしろ、なにかあればすぐに「国対国」の発想になりがちな昨今の日本でこそ、国境を越えて、共通の課題―そこには「敵」も含まれるだろう―に対処するという方向を考えるべきではないか、と思う。
とにかく生々しい証言集であり、これをまとめるのは精神的にもつらかっただろうと思う。一度は目を通しておくべき本であると思う。
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しかし amazon の書評はひどいのが並んでますな。脊髄反射というのか洗脳というのか、日本がしたことをきちんと見つめるのが「反日」ですかね?たとえば「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言いますけど(「戦」の中身は措いといて)、「己を知る」ってとっても大事だと思うんですけどね。己のしでかしたことから目を逸らしたままでは、マトモな未来は築けないと思いますよ。