陰謀 | ほたるいかの書きつけ

陰謀

 9.11テロはアメリカの自作自演、という陰謀論をあちこちで目にするわけですが。
 それについては当然「そんなわけない」のであって(それでも疑問をお持ちの方はこちら「PULL IT (ボーイングの行方)」 を参照してください)、陰謀論の立場に立つことはテロを起こしたアルカイーダを免罪し、かつそんな強力なテロ集団を育てたアメリカをも免罪することになるわけで、まさにダメダメなわけです。

 と、ここまでは前置き。
 さて、「陰謀」が全く無いかと言えば、それはもちろんそうではなく、数多くの陰謀はあったわけです。「大量破壊兵器」の存在を口実にイラクに攻め入ったのも、実際に存在するという証拠を欠いたままだったわけですから、これも陰謀と言えば陰謀ですよね。
 でも、これ、発表当時から既に問題点が山ほど指摘されていたわけで、9.11自作自演説とはかなり状況が違います。つまり、アメリカ自身、そんな陰謀はすぐに陰謀とわかってしまう(陰謀であるという具体的証拠が出るまでには時間がかかっても)ような陰謀しかできないわけですよ。

 ところで(実はここからが本題)。
 陰謀の好きな国家といえば、実は日本がそうだったりしますよね。無論、1945年までの日本、ですが(とりあえずそういうことにしておきます)。あの柳条湖事件はまさに陰謀(謀略)。1931年、南満州鉄道の線路を日本軍が自ら爆破し、それを中国軍の仕業だということにして攻撃を開始、侵略をすすめていったわけです。

 日本軍は中国の人々を各地で強制連行したり、虐殺したりしてきたわけですが、その際も陰謀が使われた。つまり、「銃声が聞こえた」ことにして、普通の住民が住む村を襲撃し、拷問し、犯罪者に仕立て上げ、殺したり連行したりする。こういうことをあちこちでやったわけです。

 とすると、「権力というのは陰謀をめぐらすものだ」と疑ってかかる思考様式には(日本の場合ですが)ソレナリの根拠があることになります。どれだけ汚いことをするかわかったものではない、と。

 なので、あり得そうな陰謀と、荒唐無稽な陰謀を見分けるコツを身につける、というか、訓練することが必要なような気がします。
 それはもちろん「そんなに大勢がかかわっていたらすぐにバレて陰謀なんかできやしない」とか「陰謀を起こす合理的な理由がない」とか今までに散々言われてきたことでもあるのですが、でも一旦思い込んじゃうとそこから抜け出るのは難しいのだろうなあ、と思ったりもします。
 ちなみに柳条湖事件は線路を爆破しただけだし、関わった人数も少ない。それでも、すぐに日本軍の謀略ではと言われ、ばれちゃった訳です。日本軍は戦争仕掛けたくて仕方なかったってのもわかってましたしね。

 というわけで、日本軍がしてきた所業の数々を知る人ほど、もしかしたら陰謀かもと疑う思考様式を身につけているのかもしれません。ま、それでも物事を合理的にとらえ全体のなかに位置づける訓練がされていれば、見分けることは可能だとは思うのですが(で、実際陰謀論にはまる人は一部ではあるわけです。エキセントリックな主張だから目立つけど。私もついついそういう人に注目しちゃうし)。


 しかしそれにしてもですね、昔々は日本人は正々堂々と(何が正々堂々かは措くとして)戦ってたのですよね。「やあやあ我こそは…」と名乗りあってから戦闘開始、だったと思うのですが、それがいつのころからか奇襲は仕掛けるは謀略はするは、なんだか卑怯だなあ、と思っちゃうのですが、この変化は一体なんなんでしょうかね。