『私のエネルギー論』 | ほたるいかの書きつけ

『私のエネルギー論』

 池内さんつながりで、ちょっと前に読んだ本から。
私のエネルギー論 (文春新書)/池内 了
¥725
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 エネルギー問題についての見方を考察した後、化石燃料に変わるエネルギー源について、個別に考察している。まず原子力発電の問題点について触れ、次に自然エネルギーについてどこまで可能か、また水素などの使用、ゴミを使った発電などについて考察している。面白いのは、発言するだけではダメだと自分の家を建て直す際に徹底して太陽エネルギーなどの自然エネルギーを利用するようにしたこと。具体的にどこまでできるか書いてある。

 さて、この本はもう10年近く前に出た本なので、個別の内容については古くなっている部分もある。が、それでも面白いところが幾つかある。
 一つは、昨日のエントリでも触れたことだが、すでにこの本において、環境問題の複雑系的な見方が強調されていることである。この本が書かれて以降、例えば温暖化問題の理解がどう進展したか、あるいはしなかったかを考えてみるのも面白いかもしれない。

 個人的に興味を引いたのは、「進化」の考え方。いや、そういう大それた話ではないのだけれども、一つの見方として。
 原生動物が遣う代謝エネルギーを1とすると、変温動物が遣う代謝エネルギーは10になるそうだ。そして恒温動物はさらに10倍の100になるという。つまり、完全に環境に依存して運動すればエネルギーはほとんど消費しないのに対し、自分に都合のいいように環境を生み出す、恒温動物の場合ならば体温を一定に保ち、いつでも動けるようスタンバイしておく、ようにするほど必要なエネルギーが多くなる、ということだ。
 ところが、現代の人間は、冷暖房や車などの移動、コンピュータなどに使うエネルギーまで含めて考えると、人間の体重当たりに換算すると通常の恒温動物の10倍以上のエネルギーを遣っているという。これをもって、著者は人間を「恒環境動物」と呼んでいる。
 そう考えると、人類はこの数十年の間に恒温動物から恒環境動物へと進化した、という捉え方もできるようになる。
 まあ生命体としては何も変わっていないので、生物学的には無理な解釈であるが、エネルギー消費という点から考えると、やはり人類は特異な存在であるということがこのような点からも言えるのだろう。

 だからなんだ、というと何もないのだけど、ちょっと面白かった、ということで。