昨日、ひろみちお兄さんの講演会に行きました。
PTA連合の動員だったけどとっても楽しかった!
その中で、一番感心したのは
「運動とスポーツ」の明確な違い。
運動とは字のごとく体を動かすこと。
ではスポーツは何かというと「競うこと」
体を動かそうと楽しく散歩しているだけなら運動。
でも、後ろから追い抜かれて、おぉ!負けるものかと
早足になった瞬間に競歩というスポーツになる。
なるほど!
ものぐさな私が好きと思えるスポーツといえば
エゴスキューやピラティスだと言っていたけれど
競うという観点から言えばスポーツではないのね。


ん~、自分との戦いとの意味でスポーツということに
しておきましょ!

最近10年くらい、「きく」仕事をしています。
聞いたり聴いたり訊いたり、いろんな「ききかた」をする。
歌を聴いたり噂を聞いたり、どうしてそう思うのかを訊いてみる。
敬老バージョンでは取り留めの無い話を聞いていると

相手の体調まで感じられるようになります。
体調、気分で1人の声でもどんどん変化する
人の声ってとても幅が広くっておもしろいですよ。

自分の声が嫌いって言う人、案外多いのですけど
顔と同じで一人一人違って取り替えようがないモノなのだから
声帯を意識してツヤと幅を出せるように磨きをかける努力は

したほうがいいと思います。
基本的にはにこやかな表情から出た声は明るく前に響くものです。

「自分が聞いている声」と「人に聞こえている声」は別物です。
ビデオやテープで客観的に聞こえる声に

私も最初は恐怖を感じたりしてました。
でも人に聞こえている自分の声を何度も聞いて慣れて磨いて

好きになるしかない!
私は甲高い声なのでトーンを落として落ち着きを演出するように

努力してま~す。

まあ年齢とともに声は低くなってしまうのですけどね!

今日の午前中は、もうすぐ2歳になる男の子と初デートでした。

登録していて、でも時間の都合が合わずに依頼を断って

引き受けることが出来ないままだったのです。


こうくんは赤ちゃんの予防接種でお母さんが出かけていっても

ぐずることもなく、おりこうさんで助かりました。

言葉での意思疎通はほとんど不可能だったけど

あの片言といい、しぐさといい 男の子もなかなかいい!!


午後からは老人施設に行って80~100歳の方々と過ごして

痴呆と片言に人はいくつになっても変わらないかもという気が

してしまいました。

懸命に伝いたいという意識は確かに感じるのですもの。


ファミリーサポートの事務所は歩いて3分のところにあります。

気になっていたけど今年になってやっと縁がつながりました。

少しでも役立てたのなら嬉しいな♡

11月2日は講師会主催のカラオケ大会で裏方しました。

朝6時に家を出て高速バスで移動し、9時に会場入りして

終演の7時まで会館に缶詰状態で天気もわからずじまい!

115曲を舞台袖で聞きながら楽屋と会場を行ったり来たり

駆け回っていました。


出演の皆さんは日常を離れ目一杯ドレスアップして挑みます。

歌は「5分間のドラマ」ですから、それぞれが思い思いの世界を

繰り広げます。

でもステージは魔物が潜んでいますから思わぬアクシデントも

起こります。緊張と興奮状態の出演者をフォローして慰めはげまし

そして称えます。

~やってみよう!と、ここに来ただけでも勇気!素晴らしい。

~チャレンジできる幸せを分かち合いましょう。


本当に舞台に立てるなんて健康で元気でなくてはできません。

元気で、多少の余裕があって、楽しく過ごそうという気持ちが

人生に彩りをくれるのですものね!


今月末は私も久しぶりにスポットライトを浴びます。

お世話になった先生が創る最後の舞台で白いミニのドレスを着て

 「艶冶な気分」と「悲しき口笛」

リクエスト頂きましたから目一杯楽しんでやります。





許すってどんなことか解らない

単純にありがとうや

  ごめんなさいを

  言えばいいだけかしら?


自分が 選んだ時代

      選んだ両親

      選んだある程度の才能と

        健康、身体条件をもって

生まれ持ってきたという事実を受け入れてみる


その特定の境遇

特定の運命のなかで生きることを

納得して楽しむ

  

完全でない自分

完全になんて成りえない ほんの一生

「親」といえども完全ではないことに気づき

完全でない親を愛することから

       人間性の磨きがはじまる


許すなんておこがましい

親をはじめ、生きているもの、命あるもの

みんな 仲間みたいなものじゃない


自分からこころをひらいて受け入れる

愛しています 

許しは 最高の癒し